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"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

大成 (根室本線) 2017

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その昔の貧乏旅の頃、自炊道具を持ち歩いてインスタントラーメンが主食とは、前にも少しばかり書いた。→ 桂川臨時乗降場 (函館本線) 1984
たまに菓子パンなど食べれば良い方で、汽車弁当など高嶺の花だったものだから、自炊を卒業して暫くはその反動もあってか、三食を汽車弁で回していた時代があった。コレクションの掛紙欲しさも手伝い、道内夜行の乗車には明朝分、降りた先では昼食分を調達していたものだった。汽車弁は旅の必需品であり、大抵の駅では深夜早朝と言わず入手出来た頃である。
乗継待ちや駅寝には「外食」(汽車弁で済むはずの駅の外へ出るので「外食」だった)もしたが、ちょっとした街なら必ず在った駅前食堂の類で済ませていた。弁当が白米ゆえ、この場合は麺である。
只々ストイックに写真を撮っていた頃と重なるので腹は満たされれば良く、その土地ならではの食事など考えもしなかった。青函連絡船の「あらまき弁当」、長万部の「北寄めし」、東室蘭の「はも弁当」、帯広の「きじ弁当」に厚床の「ほたて弁当」などの特殊弁当に、汽車弁だけでも十分にその片鱗に触れらたからでもあろう。加えて、帯広の豚丼にせよ、深川のジンギスカンにせよ、釧路のスパカツ、根室のエスカロップにせよ、当時に何ら情報のもたらされることは無く、全くの地元料理であった。札幌在住当時でも、おそらくどこかの店では供されていたのだろうがスープカレーなんて知らなかった。

狩勝や士幌線への拠点である帯広は、夜行への乗降には不利な位置から地上泊(車中泊の対語に用いていた)の機会が多く、駅ビル上階に在った「帯広ステーションホテル」を常宿にしていたことも、前に書いている。→ 帯広 (根室本線) 1983
1978年の初冬のこと、上野を19時過ぎの<八甲田>で出て、青函5便から<おおぞら3号>と乗継ぎ、まる24時間を掛けて帯広に降り立っている。帯広への直行は他に覚えが無く、メモをめくると日程の短い旅で、それこそ狩勝新線と士幌線だけを撮って帰京とある。宿舎は勿論に帯広ステーションホテルである。
この旅と思うのだが、夕食は特急食堂車をガマンして帯広の汽車弁と決めていたものが手に入らず、外食に出掛けたのだった。しかも、珍しくも駅を背に街中を歩き、そして見つけたカレー屋に入っている。
それは、看板にターバンを巻いたインド人が描かれながら、インディアンを名乗る店と記憶する。インド人=カレーとは、特製ヱスビーカレーのプロモ、芦屋雁之助の「インド人もびっくり」で子供心の脳裏深くに刻まれていたものの、インディアンと云えば、その昔のテレビ映画「ローンレンジャー」での「嘘つかない」ほうのイメージが先行して、インド人=インディアンが素直に結びつかなかったと覚えがある。(このあたり、五十路を越えた人にしか判らないかも知れぬ)

この店、正しくは「インデアン」が帯広地域のカレー食文化に深く関わったとは、ついつい最近になって知った。戦後の日本カレー史において、それまでの粉末インスタントルーに替えて固形型への本格移行が生じ、カレー産業第二次隆盛期と呼ばれるのは1960年代のことである。
一般家庭へのカレー食浸透期にあたり、こと帯広において「カレーとは鍋持参でインデアンにルーを買いに往くもの」とは大いなる脚色に違い無い、と今でも半信半疑なのだけれど、このカレーチェーン店の1号店開業が1968年であり、以来6年で帯広中心部に3店を営業とのデータには、それまでの帯広カレー食文化が希薄との前提に立てば有り得ぬでもなさそうだ。

晩秋の西陽を正面にするのは、2070列車。
2010年までは無かった、この芽室跨線橋へと大成駅から道道715号線へ出ると、彼方に何やら回教寺院の如きドームが見え、近づいてみてカレー店「インデアン」と知れた。この時、帯広駅前で40年近くも前に訪れた店の盛業の姿と気がつきもしなかったのだが、傷つき曇り気味なステインレスの皿は微かな記憶だった。


[Data] NikonD5+AiAF Nikkor ED180mm/F2.8D  1/500sec@f9    C-PLfilter  ISO320  W.B. 5560   Developed by CaptureOne8 Edit by PhotoshopCC & Photoshop ClassicCC on Mac.


ここでは、近隣にお住まいの趣味者とお会いして楽しく過ごさせて頂き、中標津町の出身と伺えば、土産にと名産の羊羹を頂戴した。徒歩の鉄道屋には重量が嵩んだけれど、この標津羊羹にはその昔の記憶もあって、有り難く自宅まで持ち帰らせてもらった。
地の利を生かして、毎日のようにムーヴィーで列車を記録されているご様子。また、伺います。


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コメント

おはようございます。
年月を超えてその土地に根付いたものを見ることは、旅を重ねることの楽しみの一つかもしれません。逆に、あるはずのものがどうしても見つからず、心が空白になることもあります。
私自身、そこまでファインダーを覗きながら、禁欲的に旅を続けた経験はないのですが、それでも今は変わっているであろう、変わらないであって欲しい場所は、各地にいくつもあります。その土地や鉄道の風景に、自分自身の想いを重ねているのでしょう。
帯広、まだ降り立ったことはなく、列車で通ったことも数度だけですが、インデアン、いつかの楽しみにしておきたいと思います。

  • 2018/12/27(木) 09:49:14 |
  • URL |
  • 風旅記 #O7xVy9HA
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

風旅記さん、こんばんは。
相変わらずの旅記録、拝見させて頂いています。
帯広には降りておられないとは、些か意外でした。
尤も、高架の小さな駅となってしまった現駅には、かつての広い構内の姿を憶えているだけに、降りてみろ、ともお薦めしませんが。
函館や札幌で削除されてしまった「待合室」が残されたのは良いとしても、どうしてあそこまで居心地が悪いのでしょうね。
勿論、敢えてそうしているとは承知ですが、10分と座って居たくありません。
鉄道旅には必須だった駅待合室で過すの至福な時間とは、もう二度と戻らない風景の一つですね。

  • 2018/12/29(土) 22:27:11 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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