"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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大沼公園 (函館本線) 1988

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国鉄の分割・民営化を目前にして北海道総局へ餞別のように送られたのが、キハ183系特急形気動車の500番台車の一群だった。
しかし、餞別はこれだけではなかったのである。86年の11月改正では、東室蘭-幌別/苫小牧-札幌間の軌道強化と分岐器・曲線の改良工事完成にともない、同区間の気動車特急列車の最高運転速度は100km/hから120km/hに引き上げられ、曲線通過速度も本則+10km/hとされた。また、野田生-長万部間についても同様に100km/hが110km/h運転となった。
これは車の両輪であって、軌道の整備がなければ183系500番台車の高速性能も生かされぬ訳である。この時点で、函館-札幌間は、61年10月改正での80系気動車投入時の4時間30分が、最速の1D<北斗1号>にて3時間47分にまで短縮されていた。
ただし、この時点で500番台車編成は根室本線系統へ充当され、函館/室蘭線系統では0番台車との混結組成であった。
民営化後の北海道旅客鉄道は軌道改良工事を継続し、88年3月改正にて野田生-札幌間で最高運転速度120km/h、曲線通過速度の本則+10km/h運転を実現させ、500番台車編成を函館/室蘭線系統に集中、函館-札幌間の所要時分は3時間29分となった。
これらが、後の振り子式気動車の投入による在来線最高速の表定速度の確保に繋がっている。
旧国鉄も良い餞別をくれたものだと思う。
もっとも、70年代のモラル低下時代を脱却した当時の国鉄は、全国の主要幹線での速度向上に熱心だったのではあるが。

湖水と駒ヶ岳を遠望する大沼・大沼公園周辺は道南地域での定番撮影地ではあるものの、駒ヶ岳を背景に大沼駅方向を俯瞰するポイントは、80年頃には樹木の成長にて失われてしまい、小沼畔の函館桟橋起点26K付近のR500曲線もかなり低い位置からしか撮れなくなった。
日暮山からのセバット、追渡橋梁方向の大俯瞰も沿線樹木が成長して編成列車は困難だ。

この日は雨天とあって、大沼公園での下車として赤井川方小沼湖畔の遊歩道からの撮影に切替えた。
雨滴による水紋を狙うが、それは決して大きく広がってはくれないのだった。

列車は、5001D<北斗1号>。
88年3月13日改正では500番台車のみで組成された編成を<北斗>系統8往復中4往復に限定運用し、0番台との混成組成は見られなくなった。
釧路特急での足慣らしを終えて、本格運用の開始といったところだった。

[Data] NikonF3P+Ainikkor50mm/f1.8 1/125sec@f11 Non filter Tri-X(ISO320)
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