"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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厚岸 (根室本線) 1971

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根室線の釧路以東区間を久しく訪れていない。記録を遡ってみれば1986年の夏前が最後だから、もう30年を経過する。
厚岸湾岸、辺寒辺牛湿原にせよ、落石千里浜にせよ、その景観は変わらぬだろうが、鉄道屋なので、やって来る列車に魅力が乏しければ、どうしても足は向かぬのである。この間、札幌所の寝台車で組成された臨時運用が幾度か施行されたけれど、沿線の騒ぎを思えば遠慮申し上げるしかなかった。
周遊券・周遊きっぷや自由乗降型企画券が遠い過去となり、道内夜行が皆無となれば、それは「周遊旅行はするな」と云われているのと同義だから、最近には航空機で行き来するピンポイントの撮影ばかりで、釧路にも随分と出入りしているのだけれど、釧路以東と云えば至近の釧路川橋梁で単行気動車を眺めるのがせいぜいである。

厚岸の根室方、線路が厚岸湾岸に接近する位置に所在した、湖面での漁専用の小舟の繋がれた船溜まりには、1970年の初遠征で訪れて以来に幾度も立ったものだった。下り列車なら線路際から、上りに対しては粗末な岸壁から前景に小舟をとらえるのが定番の画角である。
この位置は、先住民がタンタカと呼んだ地から厚岸湾に突き出し、厚岸湖との境を為すように発達した砂州の内水面側の、1960年代前半までの埋め立てにより出現しており、本来には岸壁とは云えず、本当に粗末な木杭と木板で土留めがされているだけだった。干潮ともなれば、写真のように泥の底が露出して係留の小舟が取り残される有様だったのだけれど、70年代末には浚渫もなされ、土留めも岸壁を兼ねたコンクリートに改修され、線路寄りには船揚場も整備されて船外機の小舟ばかりでなくエンジン船も見られるようになっていた。
岸壁上には漁師小屋も並び漁具も無造作に置かれた一通りの漁港風情には、浜番屋に執心していた時期でもあり、幾度も通った理由のひとつであった。ただし、それにお見せできるような成果は手にしていない。

写真は、駅も間近にこの位置をゆっくりと場内信号機に接近する464列車。根室から釧路操車場までの区間貨物である。
G2Type後藤デフにJNRロゴのこの機関車についてはWebに幾らでも記事がある。個人的には必然の無いデフ改造に装飾は(加えてランボードにテンダ上縁の白線も)、ブームを当て込んだわざとらしさが鼻についたものだった。

ここは1990年代に至って、さらに埋め立てが行われ、線路と平行方向に船揚場が拡張の上移設されて、立ち位置としては失われた。もっとも、写真で造成の進められていた様子の窺える背後の丘陵に住宅の建ち並んだ今には、あまり魅力は無い。
移設船揚場の後背地で絶滅危惧種厚岸草(珊瑚草)の人工栽培が行なわれているとは、以前の記事 厚岸 (根室本線) 1972 に書いた。

[Data] NikonF PhotomicFTN+P-AutoNikkor50mm/F2 1/250@f8 Y48 filter Tri-X(ISO400)  Edit by LightroomCC on Mac.


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