"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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銀山 (函館本線) 1981

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1980年代には『日本国有鉄道経営再建促進特別措置法』(1980年12月27日法律第111号)に準拠して選定された地方交通線の事業形態の転換が続いた。ご承知のとおり、経営体を替えて鉄道営業の存続した線区も存在したが、多くはバス交通を代替として廃止の途が選ばれた。
必然的に人口過疎地域を経過地とする線区が大半を占めた北海道においては22線区が選定され、1990年までに地北線の140.0キロを除いた、実に1316.4キロもの線路が失われた。1981年10月1日現在の道内国鉄線延長は石勝線の開通により32線3996.7キロに達していたのだが、実にその33パーセント、三分の一を喪失すれば、道内の鉄道地図に空白の目立つようになるのは当然で、北海道周遊券が値下げされぬのはおかしいと毒づいたりしたものだった。
2008年に至って国土交通省北海道運輸局が行った「北海道における鉄道廃止代替バス追跡調査」の報告書(2009年3月)に拾うと、すべての路線で転換時点よりも利用者数は減少と報告されており、中には代替バス自体の廃止事例も含まれる。この報告に際して開かれた「北海道における鉄道廃止代替バス追跡調査検討会」(2009年3月17日札幌にて開催)議事録にも、バス転換を契機にした沿線のさらなる過疎進行への言及が読みとれ、特定地方交通線の主たる利用者であった通学生徒に高齢者は、前者が全国的な人口動態にて漸減した上に、代替バスの(一部に低床型ノンステップ車両導入事例の見られたとは云え)路面からの乗降の不便や、シートが小さく狭い車内の居住性の低下、そして何より便所を設備しない不安に後者が利用を諦め、やむなく世帯で沿線を離れるなどから過疎スパイラルに陥ったとある。小さな集落やら地域は、そもそもに経済規模が極小なだけに一世帯の離脱だけでも大きな打撃を受けるに違い無く、それがさらに次の離脱を誘発する連鎖である。

なるほど確かにその通りなのだろうが、些か説得力は欠く。過疎スパイラルは辛うじて鉄道の存続した地域でも変わるところが無いからである。バスへの転換はそれを早めた程度だろう。交通弱者とされる個別移動手段を持たない住民が鉄道利用者として残存したにせよ、彼らとて極めて限定された乗車チャンスによる生活時間の拘束が時代の間尺に合わなくなったのである。それを嫌えば、最早その土地を離れるしか選択の余地は無い。
かくて、皮肉なことに過疎はマクロには鉄道の沿線から進行する。鉄道と主要道路交通路が近接している区間では目立たないけれど、鉄道単独で通過するところなら如実である。
余市川の形成した谷底平野を遡る函館本線は、瀬戸瀬川の谷に出るべく稲穂嶺直下の稲穂隧道へ向けて山腹に取り付いて高度を稼ぐ。その途中の斜面に位置する銀山など、その代表例と言えまいか。肥沃な生産基盤である谷底平野を通過する道道沿いにはそこそこの集落が張り付くと云うに、1980年代までの駅前集落は今やほぼ壊滅の有様である。

馬群別の平野を見下ろして稲穂嶺の山腹を下るのは、903D<らいでん3号>。
その10月改正での幹線急行の廃止などで捻出の急行型が、ようやくこのルーラル急行にも充当されるようになっていた。
奥白滝-上白滝 (石北本線) 1977 に書いた、冬旅組写真の一枚のつもりで撮ったカットだが、これも永い事塩漬けのままである。葉の落ちる季節なら車窓には木立越しの視界が開ける。運良く、気動車は淡い雪煙を巻き上げてくれた。

翻って、バス転換路線とて沿線全てで過疎が深度化したでは無い。旧羽幌線の羽幌や旧標津線の中標津、旧名寄本線の紋別、盲腸線でも旧渚滑線の滝ノ上などである。沿線人口の総数は減じているにかかわらず、1970年代と現在との空中写真を比較すれば一目瞭然にこれらでの市街地が拡大したのを見て取れる。過疎域から離れた人口を吸収したとするのが妥当だろう。
函館山線沿線でも、余市や倶知安はそれに該当しようか。つまりは生活域が集中化しつつあるのだから、その間を線で結ぶ速達輸送は鉄道の分野である。その経路間が極端な過疎域と云うなら北海道旅客鉄道が主張するように、そこの駅を廃せば良い。線路が通っていればこそ、いざとなれば駅など幾らでも再開できる。線路そのものを失っては元も子もない。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor50mm/f1.4S 1/500sec@f4-5.6 NONfilter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCC on Mac.

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コメント

こんにちは

線路が通っていればこそ
です 本当にそう思います




  • 2016/05/23(月) 01:49:06 |
  • URL |
  • Jam #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

最近には、道路整備を良いことに鉄道廃止を地元自治体の首長も、また住民もあまりに簡単に容認してしまいますが、10年も経ちますれば、失ったものの大きさに気がつくことでしょう。
その間、線路を残したままにそこを道路のごとく用いての時間稼ぎを意図したDMVの発想は素晴らしかったのですが、これも柿沼氏の失脚とともに葬り去られてしまいました。
関連事業に目を奪われ、新幹線乗降場は第一乗降場の転用で事足りるとの認識でせっかくの用地に商業施設を建設してしまうなども含め、近年の北海道旅客鉄道経営陣の無能ぶりには、褒め殺しでも掛けてやらねばなりますまい。

  • 2016/05/24(火) 00:28:45 |
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