"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

北入江信号場-有珠 (室蘭本線) 2002

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1980年度から1983年度に行われた14系の座席車系列や寝台車系列の北海道向け転用工事に際しては、台車にも極寒地運用が留意され、空気バネやオイルダンパ、軸バネへの被覆は勿論、空気バネの補助空気室を兼ねた構造の上揺レマクラへの防雪シールドなどの耐寒耐雪装備の他、耐雪ブレーキを装備し、それの常用を前提にブレーキシリンダを、1軸に1個の台車当たり2個から1輪に1個を割り当てた4個装備に増設、それにともない設置位置が台車枠横バリから側バリ外側へ移された形態が特徴的なTR217F型ないしG型に改造されていた。(但し、道内の最高速度95km/h運転にA急ブレーキ弁を撤去)
余談ながら、改造項目に「耐雪型鋳鉄製制輪子の使用を可能とした」との記述を一部のWebSiteなどに見掛けるのだが、それは原設計時から可能だったことを付記しておく。(→近代改訂図説客貨車 増補改訂18版 : 交友社 1983)
これの初見には、1955年のTR50に始まるプレス鋼溶接構造の客車向け台車の完成形であり、優美とも云えたTR217とは思えぬ無骨な外観に驚き、同時に氷雪の線路を駆けるには相応しい姿とも納得したものだった。実際に、厳寒の夜を走り抜け終着した編成の足回りを見遣り、突出したブレーキシリンダ部から盛り上がるように付着した氷雪のフォルムを美しいと感ずることもしばしばと記憶する。

実は、1986年度から始められた青森運転所の25系列に対する、将来の北海道直通列車向け転用工事でも同様の措置のなされるものと考えていたのだが、改造の確認されぬままに、その一群は1988年3月の<北斗星>運転開始を迎えてしまった。ならば、北海道旅客鉄道の手にて順次改造の施されるだろうと、それを札幌運転所客車検修に書簡を送り尋ねれば、担当助役氏からの丁寧な返信には、こう書かれていたのが印象に残っている。
----以下引用-------
(当該車の)改造当初より当所としては、14系客車並みの台車改造を要望しておりましたが、当時の北海道総局も北海道旅客鉄道も、そこまでの寒地向け改造は不要としてしまいました。札幌以北には運転しないのが幸いではありますが、やがて来るべき冬が不安でなりません。
----引用ここまで------
当時に俄然注目の豪華寝台特急を預かった検修陣の心情が吐露されていたものと思う。この助役氏も述べていたように道南区間だけの運転には、結果的に簡易的耐寒耐雪装備に留めたTR217C改で運行は確保され、不安は杞憂に終わったのだけれど、F型であれば避けれた小さなトラブルは多発し、検修陣が対応に忙殺されたとは想像に難く無い。1988年度末の6003・6004列車定期化にはオハネ14を種車とした改造車の多数が<北斗星>運用に加わり、それにも無骨な台車を履いたクルマの組成されるようにはなっていた。

ところで、オハネフ25 218/220の改造車であるスハネフ14 551/552もTR217Fを履いている。これは、前者のTR217C改を、同時期にオハネ25 551/552の種車となったオハ14 502/538のTR217Fと振り替えた結果である。前記のとおり、当時にTR217Fは110km/h運転用のA急ブレーキ弁を撤去しており、<北斗星>用のオハネ25 551/552がそれを要したためであった。他の14系を種車とした<北斗星>向け車両は、その際にTR217Fにこれの再装備を行っているのだが、<はまなす>の最高95km/h運転を良いことに、ここではそれを回避したのである。

最近に高名となった長万部起点44キロ500メートル付近反向曲線区間での1列車<北斗星1号>。
此の時には勿論、2007年にも件の位置には人の立ち入った形跡など無かったのだが、2010年の再訪にはすっかりと土の露出しているには驚いたものだった。これは、昔からの位置である畑作地の縁からのカット。陽の高くなっての通過には光線の工夫の余地が無い。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor ED180mm/F2.8D 1/500sec@f3.5 C-PL filter Ektachrome Professional E100G [ISO160/0.5EVpush] Edit by LightroomCC on Mac.

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