"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

鬼鹿 (羽幌線) 1983

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晩秋ともなれば、日本海岸は時雨に見舞われる。大陸に張出した高気圧からの季節風が日本海上空に雲を生成し、沿岸に断続的な驟雨をもたらすのである。これが冬の走りと云われているとおり、より季節の進めば、やがて雨は雪と変わり季節風の強まりには風雪の日々が訪れる。
以前にも書いたと思うが、鬼鹿には冬にばかり幾度も通った。冬旅となれば、稚内や網走からの夜行急行をまだ深夜とも云えた深川に捨てる旅程を必ず組んでいたのである。
遮るもの無い強風に白波が砕けて飛沫となり、海上遥かにまで連なる雄大積雲の乱れた雲底からもたらされる風雪の情景に惹かれてには違いないのだが、吹雪くのが当たり前の日々には梃子摺ったゆえでもある。
例え猛吹雪としても、吹き下ろす強風に積雪の舞い上がる地吹雪とは異なり、線路から多少高さを稼いだ程度の段丘斜面からなら列車を視認出来ぬことは無いけれど、鉛色の海面への視程は閉ざされてしまう。吹雪くのはひとつの積雲が上空を通過して往く都度のことであり、それは断続的であったから、その周期を計って列車通過時刻近辺での天候を予測しては見るものの、結局は風の呼吸に任せるしかなかったと想い出す。

1983年1月後半の旅でも、深川からの821Dで着いた鬼鹿は吹雪き模様だった。力昼方に歩いて待った上りの急行<はぼろ>は、その猛烈な吹きの最中にやって来てしまい、仕方なく今度は同じ位置から鬼鹿漁港の防波堤を画角にして次の列車を待ったのだった。現在にツインビーチの開かれたあたりである。
雲底の低い雄大積雲の到来と吹雪の襲来は視認が出来た。上空に雲の先端が延びて露出の低下が眼にも見えたタイミングで海上を見遣れば、遥かにその先は吹雪いているであろう黒い壁が立ちはだかっているのである。列車通過時刻の近ければ、それの早いか吹雪到来が早いか、気を揉むことになった。
列車は幌延からの1822D、留萠から遜色急行<るもい2号>に昇格して旭川まで往く。
上空には既に雲端が達して、海上には次の吹雪が迫っている。機材の撤収はそれの通り過ぎるのを待つしか無い。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.8 1/250sec@f4 Fuji SC52 filter Tri-X(ISO320) Edit by LightroomCC on Mac.

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