"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

洞爺 (室蘭本線) 1990

toya_06-Edit.jpg

静狩から30キロあまり続く、噴火湾北岸に迫り出した山塊の断崖を幾つもの隧道を穿って通過する区間は、虻田町大磯海岸でようやくに終わり、下り列車はクリヤトンネル坑内からの半径800メートル曲線を左に旋回しながら、ゆっくりと海岸線に姿を現す。この減速はその先の洞爺停車場手前、長万部起点40K885M地点に所在の半径400メートル曲線に速度制限を受けるゆえなのだが、如何にも難所を越えて来た安堵感を漂わすように見えて好きな光景だった。特に機関車列車にその感が強い。
断崖への長大隧道構築の困難は、長万部輪西間鉄道の全通が道内幹線では遅い部類の1928年を待たねばならなかった所以であった。けれど、豊浦-洞爺間(当時には辨辺-虻田間である)に限れば、延長の在る隧道掘削を避けて断崖下に路盤の選ばれており、まだ地形が許したと云うことなのだろう。ただし、それは噴火湾の浪害と切取法面からの落石や土砂崩落と引換えであった。

もっとも大きな災害は、それが鉄道関連に限らぬ年表の類いにも記録される程の規模だった1967年9月27日の土砂崩壊であろう。未明の午前0時18分頃、起点38キロ200メートル付近で秋霖期に続いた降雨に地盤の緩んだ切取部斜面が崩落し、約7000立方メートルの土砂が線路を埋めたのだった。これだけでも復旧に手間取る土砂だったのだが、その作業中の10月3日に現場は再度の大崩落に見舞われ、その土砂量は都合40000立方メートルにも及んだ。加えては崩落斜面の上部に巨大な岩石が不安定な状態にて残り、発破にて粉砕せざるを得ないなど復旧をより困難にさせていたのである。
函館山線も幹線として機能していた時代ゆえ、長距離優等列車には早速に迂回運転の手配が取られたものの、秋の繁忙期を迎えていた貨物輸送には、その線形からの低い牽引定数に、貨物幹線だった室蘭本線の代替を完全には果たし得ず、函館-室蘭(東室蘭)間にトラック代行輸送を実施した他、青函航路の空知丸と檜山丸(ともに初代)に民間からの傭船1隻を青森桟橋-室蘭港日通埠頭間に臨時運行させた。当初に車両渡船は車両甲板を板敷としたバラ積荷役であったが、後に未使用で保有していた橋梁向けの鈑桁を活用した可動橋を仮設しての貨車航送も行われた。これらにより、不通期間後半には貨物所定輸送力の75パーセントまでを確保したと云う。

豊浦-洞爺間では線増工事の進められていた時期であり、崩落に見舞われた線路は一年後には(将来に下り線となる)別線新線に切替られて大部分が放棄される運命だったのだが、事故地点はたまたまに将来の上り線として路盤の再利用が計画されていた位置にあたり、手戻りの無きように復旧の考慮され、その費用総額は418百万円であった。現行上り線で堅固な第二チャス落石覆いの構築された地点である。車窓に見る通り、ここに今でも海岸線までやや距離のあるのは、海まで流れ込んだ岩石・土砂の名残である。かつては路盤直下まで護岸が迫っていた。
現場の開通は10月20日の15時27分のことであり(*1)、室蘭本線は事故より24日を経て旧に復したのだった。なお、この間に連絡船2隻は46運行を行い11700トンの物資を航送と記録に在る。
........................................................................................................................
(*1) 復旧には幾つかの異なる記録(20日・21日・23日など)が残り、特定し切れていない。この時刻は、D51機と車掌車1両による線路確認列車通過を指したものかも知れない。

写真はクリヤトンネルを抜け、大磯の海岸を洞爺へと向かう8007列車<エルム>。
1968年9月28日に使用開始した新線である。前記の通り、事故より丁度一年後のことだった。復旧した既設線をこれに切替え、その間に既設線の一部路盤を活用しつつ上り線用の新線を建設したとは、ここに何度か書いている。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f11 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCC on Mac.

関連記事

コメント

海岸線

 この写真、良いですね!
 噴火湾岸でこうして砂浜から撮影された写真はほとんど見たことが無かったので、とても新鮮です。
 地図を見ると現在は港のようなものが見えますが、もうこのアングルは消えてしまったのでしょうか?
 もう一度北海道へ行くチャンスがあれば、撮ってみたい場所です。

  • 2015/08/04(火) 08:42:04 |
  • URL |
  • 佐倉 #qBJdVxD6
  • [ 編集 ]

Re: 海岸線

ありがとうございます。
海岸線から砂浜前景のカットなら、干潮時の森北方や石倉-落部間でも撮れたと思いますが、
絵になるのは、確かにこの位置くらいだったかも知れません。
しかしながら、ご確認いただいたとおり、ここは既に過去帳入したポイントです。
10年間程続けられた虻田漁港大磯分区の築港工事は今秋に完工予定で、この砂浜は全てが失われました。

  • 2015/08/05(水) 22:28:15 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/823-ca5cc10d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。