"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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稀府 (室蘭本線) 1997

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北海道線における鉄道林なら大半が防雪林に区分される吹雪防止林であり、少雪地域である噴火湾北岸の室蘭本線では礼文華山塊の渡島側にあたる静狩付近に設備されるだけなのだが、同線には、もう一箇所の鉄道林が所在する。稀府から黄金への長万部起点61K600M付近から63K500M付近までに続く、それである。
この例については、以前の記事 黄金 (室蘭本線) 1996 で、飛砂防止林ないし防風林として育成と推定したのだが、その後に同所で撮影のロールを眺めていたところ、ひとつのカットでマルで囲まれた「ふ」の記された鉄道林標識の写り込みに気がついた。1951年に国鉄の部内規程として制定された「鉄道林管理手続」(1951年5月19日総裁達223号-4月1日に遡って適用)で、それは吹雪の「ふ」からの「ふぶき防止林」を示す記号なのである。
これで、ここの鉄道林も吹雪防止林とは知れたものの不可解ではある。この地域とて吹雪くことはあるだろうし、実際に後背の山稜斜面からの猛烈な吹き下ろしを北舟岡の海岸線などで何度か体験している。けれど、降雪量からは列車運行を妨げるほどに吹き溜まるとも思えない上に、通常にトドマツやドイツトウヒなどの樹種が用いられることを思えば、明らかに樹高の不足している。ここでは落葉樹のミズナラが主体なのである。何よりも、設置はこの区間だけに限られる。

1947年に、当時の札幌鉄道局に置かれた営林課以来の国鉄部内資料を閲覧出来れば、それなりの情報も得られようが、叶わぬことゆえ以下は推定に過ぎないとお断りする。
環境省が公表している2万五千分の一植生図の本輪西図輹によれば、ミズナラの植生はこの地域での自然林と読める。牧草地や畑作地に開かれた中でその周囲に残された樹林帯は、ことごとくシラカンバ-ミズナラ群落なのである。とすれば、この鉄道林は育成されたものではなく、ここに鉄道の開通する以前からの存在ではないのか。即ち、一帯を覆っていたシラカンバ・ミズナラの原生林を切り開いて鉄道の建設されたのであろう。周辺地域も次第に伐採され農地に姿を変え往く中で、在る時点で鉄道側が沿線部分を鉄道林として買い取ったものと思われる。おそらくは、ここから稀府やその先にも原生林の続いていたのだろうが、農地や居住用地に開拓の進んで、その時点にて残されていたのがここだけだったのではあるまいか。求められた機能は、やはり吹雪への備えと云うよりは防風であったろう。
人為的な育成ではなさそうなのだが、そうとばかりも云えない。敗戦直後に米軍の撮影した空中写真に見れば、戦時中の燃料不足からかなりの面積で伐採の進んだ様子の見て取れる。現状への復旧は自然林に樹種を合わせての植林の行われてのことである。
なお、前述の「鉄道林管理手続」以下、営林関係の国鉄規程類では「吹雪」の表記は用いられず、すべて平仮名での「ふぶき」となっている。

陽光に稀府鉄道林の中を往くのは、3065列車。冬枯れのふぶき防止林とは本来にあり得ない光景なのだが、有珠岳や真狩山を背にして立っても好きな鉄道景観ではある。
この鉄道林は区分の境界は知らぬが、稀府方(起点方)から1号林、2号林以下の順に付番されている。

[Data] NikonF4s+AFNikkor180mm/F2.8ED 1/500@f4  Fuji SC42 filter EPP Edit by LightroomCC on Mac.

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