"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

長万部 (室蘭本線) 1994

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ずいぶんと昔の話しだけれど、写万部山に登ったことがある。山好きだった親父には物足りぬ低山ハイクの部類だったろうが、小学生でも歩ける山を選んだものだろう。実際に長万部地域では小学校の遠足山であるらしかった。とは云え、一等三角点の山でもある。
洞爺湖畔に前泊しての鉄道利用には旭浜信号場に降りたと思うのだが、残念ながら記憶が無い。かすかに覚えているのは、登山口まで延々とまっすぐな砂利道を歩いたこと、周囲の見事な黄金色、そして山頂から遥か長万部市街に立ち上る黒煙の見えたことである。当時の空中写真に当たると、確かに信号場近隣から静狩原野を転換した農地を横切る直線道路の延びて、そのままに登山道へと繋がっており、微かな記憶は正しかったことになる。想えば、市街の煙は駅や機関区に屯した機関車のものに違いあるまい。

この山が、標高の499メートルばかりに関わらず、約260万年から250万年前に活動した成層火山とは最近に知った。五万分の一地質図に見れば、山体は確かに安山岩の岩体と記されている。
融雪期にヒラメを思わせる形状の残雪が現れ、それを漁期の始まりの目安としたと云う先住民族による口碑伝承の山、ウパシサマムペ(upas-samampe=雪ひらめの意)であるとされ、長万部の語源とも語られるが、伝説の中の話であり研究者間でも確証はないらしい。和人による当て字はウパシを外しての「ひらめ山」である。地元には写万岳の呼び名もあるようだが、岳とするには登山道に長い尾根歩きの続くやさしい山容ではある。
Webにて最近の様子をうかがわせてもらえば、頂上にコンクリート製の天測点が見て取れる。印象に残りそうな構築物だけれど、当時にも存在したものか、どうにも覚えていない。

写真は、標高400メートルほどの山系を背景に、強い西陽を浴びて南下を急ぐ8002列車。
画角の既出はお詫びする。あえて、それと知れぬように撮っているのだが、列車は新長万部川橋梁上にある。
長万部や静狩近辺での撮影で背後に写り込む穏やかな山容の山々は好んだ風景で、右寄りのピークが写万部山である。この葦原には幾度か分け入ったものだった。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f5.6 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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