"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

石倉 (函館本線) 1999

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石倉 (函館本線) 1989 に書いたような経緯で、石倉停車場の正面位置には集落が無い。幾度もここに降り、殺風景にも程が在る駅前を歩いて往くのは、落部方に栄浜の先から1.5キロばかり続く湾岸沿い区間で南下する8002列車を迎えるためだった。段丘下の海岸線をR=600曲線で旋回する線路を南側から望むなら、落部から歩くよりは遥かに近い。

先達諸兄の作品の多くも残されたその立ち位置は蒸機撮影の時代から承知しており、南中から高度を下げつつ西空へと至る光線の陰影も体験していた。けれど、東に開けた湾岸の段丘下と云う条件での17時37分と云う通過時刻には些かに梃子摺ったのだった。
なるべくなら段丘斜面や線路際に植生の繁茂してしまう前にと訪れた6月の初めに、すっかりと陽の陰ってしまう様には、果たして編成が後方からの斜光線を旋回する姿を撮れるものか、検証せざるを得なかったのである。まずは、その年秋の渡道の際に分度器と錘で自作した簡易仰角計測器を持参、ここでの朝の撮影の際に斜面のタラップを降りてのレリーズ予想位置の線路海側からの計測で、真西方向の段丘面上への仰角は16度程と確認し、次に、東経140度44分34秒/北緯42度17分94秒である現地での17時37分の太陽高度が16度を越える時期はと、暦のWebSiteに当たってみれば、その期間は存在したものの、6月19日から7月7日までの僅か18日間に過ぎないと知れた。それも、当該位置は段丘面上にドライヴインの建つように後背の一段上の段丘面までなだらかに斜面の続いて、しかも、そこの樹木に日射の遮られぬのが幸してのことだった。勿論、その前後時期でも撮れるけれど、足回りまでは陽の回らないことになる。

撮れることには安堵したものの、写真屋としての不満は、北回帰線に達した太陽のこの程度の期間での動きでは方位や光質の変化を楽しめず、その光線で「撮らされる」ことだった。つまりは、「誰が撮っても同じ写真」なのである。しかも、植生の成育には脚立が欠かせそうになかった。
写真は6月30日の撮影。この日の17時37分の太陽高度は年間最大の16.22度なのだけれど、肝心の8002列車の3分延には少しばかり低かったはずである。
短い対象期間への渡道スケジュール調整も然り乍ら、天候次第の撮影には、この列車の走っていた四半世紀に満足の往くのは数カットと云うところだったろうか。

[Data] NikonF5+AiNikkor105mm/F1.8S  1/250sec.@f4+1/3 C-PL+LBA2 filter  Ektachrome Professional E100SW [ISO160 / 0.5EV push]  Edit by LightroomCC on Mac.

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