"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

豊浦 (室蘭本線) 1988

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前回記事 落部 (函館本線) 1988 からの6003・6004<北斗星3・4号>への個室寝台車・食堂車の増結に関わる興味を続ける。

増結(組込)の施行
当初には夏季輸送の終了する9月3日相互発までが予定され、9月3日の6003と増結車の抜取られた4日の6004は前回に述べたように青森駅経由が計画されていたのだが、個室寝台への旺盛な需要に期間の延長されるところとなった。しかしながら、検査回帰の関係もあって尾久区車は予定通りに9月3日の6004を以て組込を一旦終了し、同月6日の6003から再組成とされ、札幌車は10日の6004まで組成、尾久区で交番検査の上13日の6003からの再施行であった。
この時期以降1989年3月11日改正まで6003・6004は集約臨としての運転を含めて、ほぼ毎日の運転が決定しており、この間も増結は断続的に施行された。9月4日以降の月別の施行回数(上下計)は以下のとおりである。「札」は札幌所予備車、「尾」は尾久区予備車の増結を示す。
[09月度] 札-12/尾-16
[10月度] 札-8 /尾-10
[11月度] 札-12(内8回はオロネ25+スシ24のみ)/尾-16
[12月度] 札-7 /尾-23
[01月度] 札-9 /尾-9
[02月度] 札-10/尾-12
※ 3月度は個室式寝台車にロビー車、食堂車の増備による定期列車格上げ準備のため施行は無い。

札幌所と尾久区での施行回数のバラつきには上下の一方が増結編成でも、もう一方はB寝台車だけの運転日も在ったことを示し、前回にも書いた通り、定期列車の範疇で運用も固定化された季節列車には極めて変則だったことが分かる。

方転編成での運転
これも前述のとおり、札幌車の組込と解放の都度に青森以北区間を方転編成で運転され、それも度々であった。停車駅では乗車口案内板の差替が生ずるところだが、1・2列車とは同方向につきそれの案内板を流用出来たゆえ、その煩瑣は避けられていた。とは云え、それの続くでは無く、一日だけのことであったから駅では注意を要したことだろう。利用の多い札幌駅では差替の行われていたと記憶する。
札幌所入区を同区配置車の所定と揃える運転の白眉は、1989年1月9日と2月13日の6003にて施行された<北斗星トマムスキー>としての運転であろう。これについては 落部 (函館本線) 1988 の追記に書いているので繰返さない。

この<北斗星>系統への需要、特に個室寝台のそれに自信を深めた北海道・東日本の両旅客鉄道は、遅くとも1988年の秋口までには6003・6004列車の翌年3月に予定のダイヤ改正時での定期格上げと定期列車との編成統一を決定し需給計画に着手したはずである。
北海道会社ではオハネ14 500番台、東日本でもオハネ24の転用を要した増備計画と実際の組成、また既存定期列車との関係など、ここにも興味深い事項がある。これらには、また別項を立てたい。
(この項 終わり)

噴火湾北岸を駆け抜ける6003列車。これは使命本来の集約臨時列車として運行の姿である。牽引機にトレインマークの取付けの無いのでそれと知れる。当然に増結の施行は無い。
なかなかすっきりと晴れてくれない蝦夷梅雨には、背景の海面は空に呑み込まれてしまい境界の区別出来ない。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec.@f4 Fuji SC52 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

〔お詫び〕本業が極めて多忙となってしまい、3月末頃まで更新の滞ることのあるかと存じます。ご容赦下さい。

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コメント

豊浦

 22日から25日まで噴火湾沿いで特急列車や貨物列車を撮影して来ました。
 ここ豊浦も初めて訪問しましたが、昔は木々が生長してなくて、スッキリ撮れたんですね。背景の町並みも隔世の感です。

 一つ前の記事の落部も初めての訪問でしたが、D52が走っている頃に室蘭本線を訪問していながら行けなかった場所でした。
 時代が変われば走る列車が変わり、風景も変化するのは判っているつもりですが、こうして過去の貴重な写真を拝見すると一層その感を深くし、いつも多少の後悔が伴います。

  • 2015/02/26(木) 20:37:34 |
  • URL |
  • 佐倉 #qBJdVxD6
  • [ 編集 ]

Re: 豊浦

佐倉さま。
コメントありがとうございます。
北海道旅客鉄道は、国鉄当時には定期的に行っていた盛土法面に成育する樹木の伐採をしなくなりました。
明らかに保線基準を緩めたものと思われます。地中深くの根に法面防護を兼ねさせようと云うのでしょうか。度が過ぎると盛土変状を招くような気もするのですが。おかげで、1989年以来伐採のされない礼文の築堤など樹林の中を列車の往く有様です。
この豊浦の築堤も同様で低い位置からは撮り難くなってしまいました。おまけにここには豊浦町の汚水処理施設も建てられ画角の邪魔をします。

蒸機の時代に落部に降りていないのは私も同じです。力行の煙の期待出来なかったゆえですが、今に思えば湾岸に白煙を引く姿は撮っておくべきだったと、後悔頻りも同じですね。

  • 2015/02/28(土) 00:16:29 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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