"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

落部 (函館本線) 1988

otoshibe_16-Edit.jpg

大沼 (函館本線) 1988 から続く

6003・6004<北斗星3・4号>への個室式寝台車に食堂車の増結組成に関する趣味的な興味を以下に列記する。

組成順の相違
組成は4・5号車のオハネ25を解放し3-6号車間にオロハネ25/オロネ25/スシ24を組込むものであった。ただし、札幌運転所予備車の組成編成と尾久客車区予備車組成編成では組成順が異なり、前者が4号車・5号車・増結5号車として[オロハネ25 550番台-オロネ25 500番台-スシ24 500番台]の順としたのに対して、後者では[オロネ25 500番台-オロハネ25 500番台-スシ24 500番台]であった。このオロハネ25とオロネ25の順位は両区の定期列車も同様であり、おそらくはスシ24に搭載されていたAVサーヴィス制御装置回路設計の相違によると思われるのだが、確証は得ていない。

設備・定員の相違
札幌運転所のオロハネ25550番台と尾久客車区の同500番台では個室式B寝台設備に前者の2人用と後者の1人用との相違があり、スシ24でもテーブル配置が異なっていたから、組成期間中に上下列車は異なる設備である上、前述のとおりの組成順位で運転され、希有な事例には違いなかった。
営業の煩瑣を避けてか、食堂車のテーブル販売は定員の少ない札幌車の28名に合わせられ、尾久車運用編成では2名予約にも4人用テーブルが充てがわれた。
なお、運転時間帯の関係から2回目のテーブルタイムの開始は20時と<北斗星>中で最も遅く、5・6列車と同じく翌日の朝食に続いてブランチタイム営業も行われた。

組成の実際
この当時に<北斗星>系統の編成方向は東北線上を基準に上野方を前位としており、青森で客扱いのあった札幌運転所持ちの1・2列車と、青森信号場-津軽線間を直行した尾久客車区の6003・6004列車とでは以北区間での編成方向の異なっていた。このため、札幌運転所在姿での編成各車の方転には、札幌所予備車の組込・抜取作業前日の6003と当日の6004を青森駅経由として札幌所入区方向を札幌車に合わせていたのである。
実際に即して述べれば、4・5号車を欠車とした1988年7月21日の6003は青森信号場に替えての青森駅経由にて以北を所定とは逆編成にて運転し、旭川方を前位として札幌所に入区、前述ごとくの組込を施行の上、7月22日の6004に折返し、これも青森駅を経由として東北線上の方向を所定に戻していた。
一方の尾久区では同日に6004で上野に到着した編成(7月21日の6004)から4・5号車を抜き取り同じく組込を行って6003に運用した。かくして、7月22日の相互発から6003・6004に個室式寝台車に食堂車の組成が実現したのであった。
増結施行の期間中には札幌所車は尾久区に貸渡とされて、日常の検修は同区にて行われた。この間、増結の3形式は予備を持たないことになり、札幌所、尾久区ともかなり苦しい検修計画を迫られ、後述のように札幌車の交番検査を尾久で施工する事例も、その現れであろう。
(この項 続く)

低く雲の垂れ込めた噴火湾岸の6003列車は増結施行中の姿。これは尾久区予備車の組込編成である。しかも、この日はB寝台車も増結しての12両を連ねていた。
DD51は、あまり好ましいとは思えない青色20号への塗色変更の進められていた頃だったけれど、運良く重連の2両ともが国鉄制式塗色車だった。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/f1.8S 1/250sec@f5.6 Fuji SC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

〔お詫び〕本業が極めて多忙となってしまい、3月末頃まで更新の滞ることのあるかと存じます。ご容赦下さい。

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/781-8eaedab7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad