"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

緑 (釧網本線) 1978

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初山別 (羽幌線) 1982 から続く

1969年度末に1296駅で全旅客扱い駅の25パーセントであった国鉄が定員をおかない要員無配置駅は、1970年度を初年度に本社が主導して展開された「営業体制近代化」施策により当面の目標とされた1972年度末で1961駅に達し、38パーセントを占めるまでになっていた。この3年間での無人駅化、当時の国鉄部内で云う「停留所化」の行われたのは697駅、国鉄としては要員無配置にあたる日交観などへの業務委託化は165駅に及んだ。
この施策は同年度で打切られるものの線区運営の合理化は引続き至上命題であり、1979年度までにさらに335駅が要員無配置とされ、同年度末でのそれの2293駅は44パーセントと半数に迫るものであった。

国鉄の経営は1964年度に赤字を計上して以来にそれの積み上がるばかりとなり、政府は1969年度に最初の財政再建策を策定し(「営業体制近代化」施策はそれに応じての運営経費の抑制策であった)、以後も1973年度、1976年度、1977年度と4次に渡り種々の再建策を講じたものの、何れも実を結ぶこと無く終わっていた。その公共企業体そのものが孕んでいた構造的要因については、ここでは触れないが、それを逆手に取った政府与党は、1980年11月28日の第93回臨時国会において『日本国有鉄道経営再建促進特別措置法』(1980年12月27日法律第111号)の成立を図り、翌1981年3月16日には財界と結託して国鉄民営化を策動する「第二次臨時行政調査会」を発足させ、これにより国鉄は追いつめられて往くのである。
1985年度での単年度収支均衡の法定化には、なりふりを構わぬ経営改善策の要求され、線区運営の合理化はより深度化されるに至った。1980年代には旅客の道路交通への流出の止まらず駅利用者は漸減していたことも手伝って、多くの駅が要員引揚げの目安とされた一日の平均利用者数1500人を割込むこととなり、1980年度から1985年度までの6年間にて停留所化ないし業務の外部委託化された駅は1298駅を数えた。途上、1982年度には272駅からの要員引揚げにて無配置駅は2753駅となって要員配置の2437駅を逆転し、1985年度末の3060駅は全旅客扱駅数の、実に61パーセントを占めるまでに至った。

道内においても、1980年度から83年度に集中した室蘭線・千歳線に石北線、根室線、富良野線、札沼線の凡そ400キロ区間のCTC制御施行により大半の駅から要員の引揚げられ、有無を云わさぬルーラル鉄道の廃線も進展する社会情勢下では、沿線自治体もそれを黙認せざるを得なかったのだった。
また、非自動化線区においても運転要員を存置しながらも営業フロントを閉じる事例の現れたのもこの時期であり、国鉄の置かれた情勢の厳しさが伺えた。駅員の姿の在りながら窓口の板の張付けられて閉じられ、駅前の商店などで乗車券を購入する不可思議な光景には利用者も戸惑ったろうが、この頃訪問した銀山や抜海駅では当の駅員からも肩身の狭いとの話しも聞かされたものだった。

冬の低い日差しの入り込む地域交通線小駅の待合室。利用者はほとんど無いのだが、窓口の開かれ当務駅長は列車交換の運転業務に忙しい。この温もりの鉄道情景は二度と還らない。急行613Dとの行違いを待つのは混634列車である。
ここは1986年度の釧網線への符号照査式特殊自動閉塞の導入により要員無配置となり、間もなくにこの開業以来の木造駅舎も失われた。
釧網線を始め、日高線、根室線の釧路以遠や函館山線区間への同閉塞施行に、函館・室蘭線森-東室蘭間へのCTC制御は経営基盤の脆弱な北海道旅客鉄道への餞別的に設備されたもので、これら線区上に多くの無人化駅を生じた。駅と云えば(広義の)駅員の姿を認めた道内鉄道の原風景は、1986年に至るまでの10年に満たぬ期間で瓦解したと云えようか。
(この項終わり)
※駅数データは国鉄監査報告書各年版による

[Data] NikonF2A+AiNikkor28mm/F2.8 1/250sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCC on Mac.

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コメント

こんばんは。
こちらの駅は、私がまだ幼かった頃、初めて北海道を訪れたときに一瞬だけ降り立った駅です。もちろん、行き違いの待ち時間中に列車の撮影をするためでさま
東京は既に春を迎えた季節に、ここではまだ雪が降っていることに驚いたものでした。
駅舎がどんなであったか、記憶はないのですが、もしまだこちらの駅舎が残っていたのであれば、しっかりと見ておきたかったと悔やまれます。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

  • 2014/12/11(木) 21:22:54 |
  • URL |
  • 風旅記 #O7xVy9HA
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは、風旅記さん。いつもありがとうございます。

ここは釧網線内の距離的位置からも、また峠の手前と云う地理的条件からも列車交換の多く、
しかも、かつての補機解結駅ですから停車時間も長かったのです。
86年11月の改正で要員の引上げられてからしばらくは、簡易委託で乗車券販売の行われていたように記憶します。
駅舎改築の行われたのは90年前後でしたでしょうか。
それの外壁が薄いグリーン、同時に舗装のされた駅前広場のアスファルトの緑色には笑わせてもらいました。
さて、しばらく降りてはいませんが、今はどうなっているのでしょう。

  • 2014/12/12(金) 17:41:35 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
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