"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

奥白滝-上白滝 (石北本線) 1977

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道内の車両が寒地向け仕様を要するように、それを撮る鉄道屋も耐寒耐雪の装備は必須である。
道内在住の頃、近所の線路端に立つのは日常生活の延長のままの姿だったけれど、山線などに遠征するようになればそうも往かず、ごく自然にスキー遊びの装備を流用していた。と云っても、今時とは違いキルティングのズボンにセーター、中綿入のジャンパーにヤッケの出で立ちで、足元はゴム長であった。けれど、それで積雪の斜面を這いずり回れば長靴に雪の入り込むのは自明の理である。冬山装備としてのゲーター(スパッツ)など知らぬ頃で、スネ回りにタオルなど詰め込んでいたところ、現場で出会った先達が雪切りの付いた長靴を履いているのを見つけた。恐る恐る尋ねれば会津線撮影の際に現地で入手したと聞かされ、仙台の弘進ゴム社の製品と教えてくれた。さすが内地の雪国には便利なモノの在ったものと、早速に親に強請り、狸小路アーケイド街に在った若井靴店で取り寄せてもらったのだった。
それは厚手のゴムの使われた頑丈な造りにウールの内張りも付いて、かなり値の張ったと覚えているが、雪侵入の悩みからは解放されて重宝した。身体の成長と共に買替えもし、札幌を離れるまで足元は長靴だったと記憶する。

けれど、都内から遠征するようになると、郊外私鉄や山手線でその出立ちは余りに素晴らしく(相変わらずのジャンパー・ヤッケのせいもある)、神田の小さな山・スキー用品店で見つけ購入したのが、世界的なバックパッキング活動の普及にて日本へも輸入され始めて居たカナダ-ソレル社のアークティックブーツだった。現在には良く知られており説明も不要だろうが、当時なら取り寄せたメイルオーダーカタログに眺めていたLLビーン社のメインハンティングブーツの積雪地版と云った印象で、長靴には違いないながらアッパーの鞣し革製は洒落ており、フェルト製のボアも付いたインナーシューズはなるほどに極寒地仕様だった。
おそらくは並行輸入と思われたそれは、学生身分には目の飛び出る程の価格で、懇意にしていた店主が「見栄で仕入れたものの、まさか売れるとは思わなかった」と宣うたのを覚えている。国内でバックパッキングの入門書などが出版される数年前のことである。

雪切りこそ附属しないこれには、深雪ならロングスパッツを装着すれば良く、暖かさにも満足して数シーズンを過ごしたのだけれど、此の頃に背負って行動する機材も増えれば、雪上とは云えそれを支える足への負担が気になり始め、重さから避けていた登山靴を検討せねばならなくなった。本格的な冬山用は既に所有していたものの、それは流石にオーヴァースペックでもあり、トレッキングとマウンテニアリングの汎用タイプだった東ドイツ-マインドル社のマッターホルンを手に入れた。無雪期には暫く前から軽量のザンバラン社製フジヤマを導入しており、これで足元は季節を問わず登山靴を装備する羽目となったのだった。
皮革にSno-Sealを幾度も塗り込み(湯煎で溶かしながらの作業が懐かしい)、ウェルトスティッチも専用の接着剤でシールしたものの、本来にはスリーシーズン用なせいか、僅かながら靴底側からと思える浸水が見られたものだから、底革周囲もシールし、ヴィブラムソールに打たれた鋲の頭もゴム系接着剤で塞いだ。ソレルブーツには比するべくもない防寒性能には、靴ごと装着するオーヴァーゲイターを履いたこともあるが、肝心のキック&ステップで斜面を上れないなど行動に支障を来して一度で懲りてしまった。

上京して、雪の無い地域に育った人々が冬の汽車旅に、矢鱈とセンチメンタルな想いを抱いていると知った。当然と云えばその通りの話しなのだが、冬ともなれば白い風景ばかりで育った人間には、とても新鮮な驚きだった覚えが在る。
ならばと、冬旅を何枚かの組写真(死語?)に仕立てることを目論んだのだけれど、雪が身近だった鉄道屋には雪中を這いずり回るばかりで、そんな感性はとても持ち得ずに諦めてしまった。
写真は、雪の細道を峠へと上る522列車、札幌行き。組写真の構成カットのつもりで撮影したものの、それっきりだった。

さて、弘進ゴムの長靴もソレルのブーツもマインドルの山靴も、全て手元に残っており現役である。特にマッターホルンは旧式の山靴と成り果てたけれども、ソールを幾度も張替え、足首のカーフスキンを取替え、アイレットも幾つかを新調し、アッパーの内側のライニングも張り直すような、新たに購入するに匹敵する費用の修繕もしながら30年余りのシーズンを過ぎた。しっかりと馴染んだ足入れの良さが手放せないのである。

[Data] NikonF2A+AiNikkor28mm/F2.8 1/500sec@f5.6 Y52 filter Tri-X(ISO320) Edit by LightroomCC on Mac.

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コメント

耐寒装備

 足下の耐寒装備のお話、興味深く読ませて頂きました。
 自分も蒸機末期の渡道はヴィブラム底の登山靴にスパッツという出で立ちでしたが、多少の水進入があったのか、つま先が冷たく痛くて参りました。
 登山をする会社の同僚に選んで貰った登山靴で、入社早々の社員の月給には不釣り合いの価格だったと記憶しています。
 蒸機が無くなってからは履く機会も無く押入の奥で眠っていましたが、今年の冬に渡道する際、引っ張り出してきて何十年かぶりに足を入れてみて、キツくて足が痛くなり、廃却してソレルを購入し渡道した次第です。
 折角購入したソレルを一回きりしか使わないのは勿体ないということで、来年1月には又渡道を計画しています。(笑)
 長々と失礼しました。m(__)m
 

  • 2015/12/20(日) 08:26:49 |
  • URL |
  • 佐倉 #qBJdVxD6
  • [ 編集 ]

Re: 耐寒装備

佐倉さん、コメントありがとうございます。
写真屋の雪中行動と云うのは山屋ともスキー屋とも異なりまして、どうにも最適用具は無いような気もしています。
山靴は行動中は良いにしても、汽車待ちで停滞していると確かに指先が痛い程に冷えました。
それがどうしたことか、最近には踵の方が感覚を失くすくらいで、歳のせいなんでしょうね。
アッパーにミンクオイルを塗り込みながらの40年前のソレルブーツは、東京に大雪が降りますと大活躍しております。

  • 2015/12/20(日) 22:55:05 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

ゴム長ですよ。

雪国に行くに靴は最重要アイテムとは当然に分っていたのですが、
とにかくカネが無かった当時は、私もほとんど「ゴム長」で臨んでいました。
機能性はもとより、見られた格好では無かったと思います。
雪が入って氷のように冷たい指先に泣くのも辟易した頃、
スキー場でナンパに明け暮れる悪友から「スノートレーナー」という小洒落たものがあるのだと教えられ、
それとロングスパッツを組み合わせるという新機軸を打ち出したものの、
スノトレ自体が安物で防水性が怪しく、やっぱり冷たさに泣くのが当時の常だった気がします。

最近のゴアテックス+ロングスパッツは隔世の感がある快適さですが、
昔と違って腰まで埋まるラッセルなどしませんから同列に比較は出来ますまい。

何はともあれ、本年もよろしくお願いいたします。

  • 2016/01/01(金) 12:31:31 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: ええ、ゴム長でしたね。

はじまりは皆「ゴム長」ですね。
上野から東北線の夜行に乗ってしまうと全く不思議なほどに違和感の無くなったのですが、
そこへ行き着くまでの、当時に利用の東急東横線とか山手線車内では素晴らしい風体が
超目立ったものでした。

スノトレのスマートさには選択したこともあったのですが、あれは所詮にスキー場での街靴でしたね。
鉄道屋の行動には全く不向きで、これも一度で懲りました。
そう安くは無かったはずなのに、記念に保管すらしていません。

ラッセルしましたよ、一昨年に高山線の北部で。死にましたけど。
こちらこそ、どうぞよろしくでございます。

  • 2016/01/02(土) 18:41:35 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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