"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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函館 (函館本線) 1988

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青森 (津軽線) 1988 で青函連絡列車向けに転用されたオハ・オハフ50形客車についての趣味的興味を書いた。ならば、やや遅れて転用のオハ・オハフ51にも言及せねば片手落ちと云うものだ。

共に4両ずつが在籍したオハ・オハフ51の5000番台車の興味も、また尽きない。
想定を遥かに上回った青函トンネル開業による旅客の誘発効果にて、運転開始直後より混雑を極めた青函連絡列車の車両需給不足に、岩見沢運転所にて余剰気味であったオハ51の4両(5135-5138)が急遽函館運転所に配転され、運用に加わったのは1988年5月のことであった。使用開始は13日からと記録される。
この4両は運用投入を急ぐため、当初には5000番台との混用に要する高圧給電回路の引通シにジャンパ栓の設置、車体塗色の変更、および「青函トンネル内列車位置表示装置」のみが施工され、つまりは外部塗色こそ異なったとは云え、横型腰掛も存置した(但し吊り手は撤去)普通列車向け仕様のままに青函間を走ったのである。トンネル通過の安全に窓開閉機構は固定されていたから、非冷房のこれに乗り合わせてしまった乗客にはさぞや暑かったことだろう。さすがに指定席車への運用実績は無かった模様ではある。
腰掛取替や冷房装置、電気暖房設備の搭載、蒸気暖房撤去、車軸発電機撤去などの施工は同年の秋臨期輸送を終えた後となり、W12型腰掛の設置に加え内装や床材の変更も行って、この際に5000番台に付番されたのである。しかし、なぜか冷房装置は準備工事に留まり、それの搭載は1989年3月のことであった。転用工事は都合3次に分けてなされたことになり、おそらくは事業計画に無かった緊急工事への予算執行上の事由からであろう。
そして、その3月から4月にはオハフ51-4両(5161-5164)の海峡線運用転用工事も行われていたが、これらも前述のオハ51と同様に5000番台との混用改造および便所付なので汚物処理装置搭載の施工されたのみで、本工事は同年冬に先送りされて5000番台付番はその際となった。青函連絡列車には88年、89年と夏の2シーズンを続けて原番台の非冷房車が走ったのも然りながら、後にも先にも汚物処理装置を搭載したそれは、50系列の緩急車総数556両の中でも89年3月から90年1月までのこの4両だけである。

51形での改造工事内容は50形でのそれに準拠していたけれど、大きく異なった点もある。ユニット方式では無い客窓構造の相違から固定窓化の行われず、開閉機構の閉位置での固定に留まって外観上に変化の無かったこと、分散型のAU13AN型冷房装置に対して集中型のAU51には客室天井の見付の異なったこと、電気暖房装置の新設を要したこと、海峡線内での110km/hの見送りにはA急ブレーキ弁の設置を省略したことなどである。
経験的には客窓に寒地向け二重窓が存置されていた51形が、寧ろトンネル内走行時の遮音性には優れていたように記憶する。

開業の1988年度に海峡線の輸送人員は306万人にも達して、300万人超は1977年度の青函連絡船利用者数以来のことであった。それゆえに51形までの動員を要したのではあるが、90年度の290万人から漸減を続けて96年度には連絡船時代にすら例の無い200万人を割込むこととなった。これのテコ入れには1997年3月22日改正にて青函間到達時分の短縮が行われ、青函連絡列車の最高運転速度の95km/hから110km/hへの引上げが、ようやくに日の目を見たのだった。前述の通り省略していた51形へのA急ブレーキ弁の設置に際しては、そのTR230型台車の14系座席車からの廃車発生品であるTR217への換装が行われた。この四国旅客鉄道の特別車改装車「アイランドエクスプレス」にも例の無い空気バネ台車を履いた50系列のことは記憶に留めて良いと思う。
そして、翌1997年度にはオハ51の4両全車が、連絡船の座席宜しく客室を絨毯敷とする接客設備改造工事を受けた。当時の50系列による5往復の運用には4両の使用を要して予備を持たない需給は、改造経費からと50形を種車とした1両だけの異端車を避けたものであろうが、連結の無い運用が周期的に現れるのでは営業施策的に如何にも中途半端であった。運用投入は1997年6月1日の3122列車から行われ、全運用への連結は同年7月1日より実現した。

降雨下の函館駅3番ホーム(当時)に進入するのは3129列車<海峡9号>。堂々の12両組成、後位から5両目にオハ51の組成が見える。
転用まもない頃で、それを知らぬものだからホームに到着した姿を見つけて面食らった覚えが在る。団体乗車用に割り当てられた位置に組成されていて、向かい合い座席を好む彼らには寧ろ好評だったかも知れない。W12型腰掛を向かい合いに転換すると、910ミリのピッチには4人分の足の置場の無いのは諸兄には新幹線でご経験であろう。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/125sec.@f4 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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