"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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稀府 (室蘭本線) 2011

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札幌鉄道管理局は1980年5月15日付にて、室蘭本線・千歳線・胆振線の管内21駅を「停留所」化、15駅の貨物取扱を集約する「営業近代化」を実施した。貨物扱い廃止駅のうち5駅は「停留所」化駅と重なる。
通票閉塞施行の胆振線は勿論のこと、室蘭・千歳線でも転轍機の無い停車場(所謂棒線駅)以外には方向てこ扱いを要したから、最小限の運転要員を残しながらの営業業務の撤収には、日々積み上がる損失に対する当時の切迫した事情が伺える。
「停留所」化とは、当時に国鉄がこのような措置に対して多用した言葉であった。国有鉄道が準拠した法規上に「停留所」は存在しないが、部内で慣例的に要員配置の無い棒線駅を指して用いられており、それを準用したのである。営業上には「無人」なのだが、然りとて要員は配置されると云う、まるで信号場での客扱いのような従来に国鉄の想定しない駅の運営形態の出現には、対外的にそれを無人駅とも呼べなかった事情もあろう。1979年2月1日付での札沼線の「営業近代化」では全線の貨物営業廃止により対象駅を棒線化して要員を引揚げたのだが、幹線系線区や元来に閉塞区間に延長の在った胆振線では苦肉の策と云えた。同様の手法は続いて「営業近代化」施策の対象となった函館本線や、旭川局管内の宗谷本線などにも及ぼされることになる。
この1980年度施策での「停留所」化駅を列挙すれば以下の通りである。
[室蘭本線]
大岸・有珠・長和・稀府・黄金・虎杖浜・竹浦・社台・糸井・遠浅・安平・三川・古山・栗丘・栗沢
[千歳線]
美々・植苗
[胆振線]
久保内・新大滝・御園・寒別

幹線の「営業近代化」の初期事例でもあり、減じつつ在ったとは云え、現在に比すれば遥かに多かった利用客に対して、これらではサーヴィスの激変を避けた経過措置として外部への業務委託が行われ、それには荷物扱を継続するなどの実態に合わせて、本屋窓口を引続き開いた旅客・荷物業務の日交観への総合的委託から駅前商店などへの乗車券類販売の簡易委託までの様々な形態が選ばれていた。使われなくなった本屋窓口に板を打ち付けての閉鎖はこの頃からで在り、鉄道輸送の衰退を眼に見える様で教えてくれていた。
駅に要員は詰めているから、冬なら待合室にもストーブの燃えていたものだけれど、駅務室と隔絶されたそこで時間を過ごすには、とてつもなく違和感を覚えたものである。

写真は有珠山を背景に稀府の東方を進む1列車<北斗星>。
空気の澄み始めて風景の枯れ草色に染まる季節か、さもなくば残雪の頃に限定の位置である。
稀府では簡易委託ながら本屋の窓口が塞がれること無く利用され、それは1988年度の築60年を経過した本屋建替に際しても引き継がれて、その吹き抜け三角屋根の新駅舎にも窓口の設けられたのだった。永く、矢印の金額式B型硬券が売られていたが、近年にMR型端末出力の総販システム券に替わると、いつの間にか窓口は閉じられてしまった。調べてみると2009年10月1日に簡易委託契約解除と在った。

[Data] NikonD3s+AT-X300AF PRO 300mm/F2.8D 1/250sec@f10 C-PL filter ISO320 W.B. 4480 Developed by CaptureOne5 Edit by PhotoshopCC & PhotoshopLR5 on Mac.
参考までに、この際の貨物営業廃止駅は以下の通り。これは1980年5月15日付日本国有鉄道公示第42号による駅の営業範囲改正である。

[室蘭本線]
大岸・豊浦・洞爺・長和・登別・錦岡・沼ノ端・早来・安平・由仁
[千歳線]
島松(専用線扱いを除く)
[胆振線]
久保内・新大滝・喜茂別・京極

これにて、室蘭/千歳線内の貨物営業駅は以下となっていた。
伊達紋別・東室蘭・幌別・萩野(専用線扱いのみ)・白老・苫小牧・追分・栗山・恵庭・島松(専用線扱いのみ)・札幌貨物ターミナル

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