"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

長万部 (函館本線) 1988

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国鉄の内部統制規程である「日本国有鉄道営業線等管理規程」や「同旅客及び荷物営業管理規程」の存在は知っていても、残念ながら通読したことが無いので知り得ないのだが、そこには駅営業時間の定めのあったはずである。
現業機関である駅の営業掛の職員は、深夜にも着発列車のあれば、「職員勤務及び休暇規程」に規定された勤務種別の、主には昼夜三交代制ないし一昼夜交替制もしくは変則的な交代制であるC形にて勤務し、夜行列車の無い地方線等の駅なら日勤に夜勤で、閑散線区でも拘束時間の長い特殊日勤により勤務し、駅の旅客窓口は列車着発時間の限りに開いていたものである。

1987年4月に国鉄を承継した旅客鉄道会社は、既に多くの駅が運転業務から切り離され営業フロント化していたのを背景に、営業体制の合理化を深度化した。中でも、経営基盤の脆弱とされた北海道旅客鉄道には、それは必然の要求でもあった。とは云え、地方交通線は勿論、幹線系線区においても駅の要員無配置化は極限まで進められていたから、ここでは残されていた直営駅の業務委託化程度であり、それの叶わぬ駅においては駅職員の勤務体制が見直され、その勤務種別としては例の少なかった日勤化の推進されるところとなった。
同社のWebSiteに「JR北海道のおもな駅」として107駅が、その窓口営業時間と共に掲載されていることはご承知と思うが、その全てが日勤駅である。深夜帯に着発の在るのは<はまなす>の停車する函館に長万部、敢えて加えれば伊達紋別くらいだから、早番・遅番の日勤も当然とも受取れるが、大半で夜間に営業が無い。18時以前に終了する駅も相当数存在する上に、日曜・祝日に営業しない例も散見され、とても現業機関とは思えぬ勤務形態である。全ての発列車に対して窓口の開いているのは、107駅中僅かに21駅に過ぎず、かつての当たり前はすっかり稀少例と化した感がある。終着列車を対象外とし、窓口終了の数分後が終列車の発車時刻と云う駅を加えてもこの有様である。
この施策の進められた頃、古い鉄道屋が俄に信じられなかったのは、それらに当直勤務も無いことであった。実勤務ですら夜間着発列車を無視するのだから、考えてもみれば当然なのだろうが、例えば長万部、洞爺とか遠軽と云った地域拠点駅の大きな駅舎が夜も更けぬ内から完全に無人と化すには驚かされたものだった。

長万部での当直勤務が何時に廃止されたものかは知り得ていない。着発する夜行列車は1986年11月1日改正での山線夜行と通称された荷43・44列車の廃止以降には多客期に運転の<すずらん89・90号>だけとなり、1988年の夏臨期からそれを代替した<ミッドナイト>の客扱い停車も多客期に限られていた。
おそらくは、夜間無人化に対応した窓口へのシャッタ設備などを含んだ駅舎の改築施工中であった<すずらん>の86年冬臨期運転終了までは維持され、1987年1月28日の改築駅舎使用開始までには廃止されたものと推定している。そして同年4月1日の北海道旅客鉄道発足に完全な日勤体制へと移行したものだろう。
1988年6月の1年と数ヶ月振りの渡道で函館からの最終特急で長万部に降りれば、20時半と云うのに窓口のしっかりと閉じられ無人の有様には、しばし呆然としたのを覚えている。「あの長万部が」である。古い鉄道屋の驚きと落胆を想像して頂ければ幸だ。

写真は、運転助役のいない乗降場に停まる札幌からの最終、5016D<北斗16号>。
この貨物積卸場跡に立って構内照明の大部分が落とされてしまっていたにも衝撃を受けた。楽に見えたはずの腕時計の文字盤が読めぬのだ。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S Bulb@f8 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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コメント

遙か昔、駅といえば、深夜も眠らぬものという認識でありました。
それ故、何とはなしに鉄道というものが特別に見えていたものです。

今は……仕方がないとはいえ淋しい限りですね…。

  • 2014/11/12(水) 01:26:22 |
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  • くれん #-
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Re: タイトルなし

くれんさん、こんばんは。
寂しい限り。その通りです。
駅が運転と完全に切り離された故ではありますが、今や、沿線の駅と云う駅が、灯りを落としてすっかりと寝静まった中を貨物列車が黙々と走るのです。
かつてには、夜行列車の車窓には煌煌と明るい本屋が通り過ぎ、駅名標を読み取って位置を確かめていたものが、真っ暗な駅は味気ないばかりです。
もっとも、小さな灯りに照らし出された駅名標自体が無くなり、夜行列車も風前の灯火ですけれど。

  • 2014/11/12(水) 01:56:33 |
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  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

こんばんは。
駅が夜も起きていた時代には夜行列車もたくさんありましたしね。
おっしゃるとおりに、沿線の駅を過ぎれば本屋から漏れる明かりと駅名標を照らす明かりが
車窓を流れていくがまた鉄道の情緒を醸し出していたような気もします。
暗がりの中をひとつひとつ近づいてくる目的地というのにもワクワクした覚えもあります。
しかし、それも今は昔。国鉄の残照を知るものとしては物足りなさを覚えます。

  • 2014/11/12(水) 23:19:27 |
  • URL |
  • くれん #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは。返信ありがとう御座います。

想い起こすシーンは幾らでも在りまして、<利尻>や<大雪>で深夜の闇の底を機関車のドラフトだけを聞きながら上りきった、
峠の塩狩や上越の本屋の灯りに、ホームで監視する当務駅長の姿が印象に残ります。
今、<はまなす>で灯りの無い小駅を黙々と通過するのも悲しいですけれど、
上屋の蛍光灯だけが明るい長万部には、駅に達した安堵感は抱き得ず、何やら虚無感さえ募るようです。

  • 2014/11/13(木) 01:29:41 |
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