"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

ニセコ (函館本線) 1984

niseko-Edit.jpg


俗に言う、日の丸写真である。
敢えて大気の澄んだ初冬を選び、好天に恵まれることを望んで、この場所に立ち、そしてそれは叶えられたのだけれど、撮影結果を前にすると気恥ずかしさが先に立ってしまう。
もう、構図はそこに出来上がっていてフレーミングするだけで良く、自分はちっとも仕事していないこと、撮ったのではなくて、撮らされた気分なのだ。
フレームにティピカルな要素が揃い過ぎると、それは絵本になってしまうと教えられる反面教師のようなものだ。

この区間では、大規模な曲線改良が行われた。75年秋の切替と記憶するから極めて近年である。
尻別川の屈曲をトレースしていた線路は、起点側から第五尻別川(202M)/第四尻別川(243M)の二つの架橋により屈曲部のR300曲線を解消している。曲線と勾配の続く函館山線では、ピンポイントのような改良への投資であるが、この区間に在った「狩太トンネル」が老朽化により放棄せざるを得ないことからの判断なのだろう。

その結果出現したのが、この風景である。
建設途上に列車車窓から発見し、地形図で検討すると羊蹄山が背景に収まることが推定され、切替を待ちかねて訪れたのが最初だが、天候にはなかなかに恵まれずにいたポイントではあった。

列車は、102<ニセコ>。
84年2月1日の改正から車両キロの抑制施策により閑散期の編成減車が弾力的に行われるようになり、この日は所定7両から3両を減じていた。
これが85年3月14日改正では、さらに進んで所定編成が4両とされ、翌86年3月には牽引機の長万部-小樽間の補機運用も編成増結時のみの臨運用に変更となり、山線の凋落間近を思わせたものであった。

なお、この撮影地点そのものも、1900年代初頭に行われた上記「狩太トンネル」の掘削を含む曲線改良により生じた、開通時の本線路盤跡である。まさに線路改良の生んだ撮影地である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8 1/500sec@f8 Fuji SC56filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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コメント

お早うございます。
この場所私も随分通いました。
82と183北海、ニセコ、旧客、DC、夜景、とにかく撮りまくりました。
今は強者共の夢の…
すっかり木が伸びて撮影出来なくなりましたね

  • 2012/02/17(金) 07:37:21 |
  • URL |
  • 上田哲郎 #LezRqYSM
  • [ 編集 ]

短編成の気動車ばかりになった函館山線は、有珠山噴火の迂回運転以来ご縁がありません。
二股や蕨岱、比羅夫あたりの本線らしく有効長の長かった駅構内が、
気動車の停車位置を残して自然に還ってますね。惨憺たるものです。
ここを特急気や大型蒸機が駆け抜けたなんて信じられないくらいです。

  • 2012/02/17(金) 23:01:22 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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