"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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礼文 (室蘭本線) 2001

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永いこと自宅を事務所替わりとした個人事業主だったので、1987年には数字、つまりは発信元電話番号の表示が可能となったポケットベルを導入して、その番号をクライアントの各方面に伝えていた。ある面で彼らからの連絡の容易さが仕事量を決めたからである。1985年には自動車電話のショルダーフォンが、1987年にはハンディフォンと称する端末も販売されて、それに加入する仲間達も居たのだが、その初期投資金額や利用料金に、ただでさえ重い撮影機材に加えて肩に掛けて運ぶ無線通信機モドキや鉄アレイのように重い受話器を持ち歩く気にはなれず、選択はポケベルだったのである。
その頃に移動体通信と呼ばれ始めていた通信網に小型軽量の端末の登場は、1989年の米国モトローラ社のマイクロタックが嚆矢であり、翌年には投資額の少額で済んだ日本移動体通信(IDO-現au)に加入して、それを手にしたのだった。
勿論、本業ばかりでなく鉄道屋の撮影への利用も目論んでことで、当時に通話が可能に過ぎなかった移動端末だが、情報ツールと云えばラジオ程度しか無い現場へのそれの持込みは撮影行動に大きな変革をもたらすと考えられたのである。電話を通じて177番の天気予報は勿論のこと、列車の遅延や運行情報をその場でリアルタイムで入手出来たし、他地域の役場あたりに電話して天候の様子を聞けば、直ぐにタクシーを手配しての移動すら可能となった。
1990年代末にインターネットへの接続が始まり、情報サイトの充実と相俟っての現在のスマートフォンやタブレット端末に至る利便性の向上は、改めて記すまでもない。

けれど、当時にはその目論見はすぐに崩れ去ることになった。この普及初期に各電波通信事業者とも全国に通話地域を拡大していたものの、それはあくまで都市とその周辺を除けば比較的居住者の多い地域に限られ、営業フロントから貰って来た日本地図上を調べれば、撮影に往きそうなところはことごとくに僻陬地や山間地に該当してサーヴィス地域の圏外だったのである。
それらに対して、総務省は早くも1991年度から基地局建設に関わる補助事業を開始し、それは制度の拡充と共に1990年代を通じてルーラル地域に整備の進められ、不感集落(行政はこう呼ぶ)の解消に向けては、2001年度から携帯電話等エリア整備事業として基地局までの伝送路構築も補助対象とされ、僻陬地山間地に及ぶのだが、それは集落単位に行われ、面的に広がりは持っても線状に貫通する鉄道線路沿線がそれに含まれるとは限らなかったのである。しかも事業者側はそれらを連絡する経路には道路のエリア化を進めたから、現在でも鉄道沿線にはそれと大きく経路の離れる区間を中心に多くの通話・通信困難区間が残る。
それには、宗谷線の勇知から抜海のサロベツ原野に旧神路前後の天塩川沿い、石北線の石北トンネル前後に常紋郡境区間、釧網線の釧北国境、根室線の別保から尾幌に至る原野区間に別当賀-落石間、函館線の旧上目名前後区間、日高線の静内以東で内陸に迂回する区間など、多くの撮影適地が並んでいる。

90年代以降足繁く通った豊浦町礼文華は、人口の凡そ400人規模だったに関わらず電波の到達は実に遅かった。この付近での基地局は、まず八雲に、続いて長万部・伊達に整備され、1990年代終わりには豊浦市街地に達するのだけれど、峠や岬で隔絶されたここや大岸の周辺はその迫間に落込んで、ようやくに2004年に至って鉄塔の建設を車窓に確認したのだった。
写真は、稜線に太陽光の差し込んだ夜明けの築堤を駆け下りる8009列車<カシオペア>。築堤に光の回ってしまえばには赤味も薄れるゆえ、10月末の太陽にはこのタイミングで善しとする。この朝の礼文海岸の日出時刻は6時06分、8009は定時で6時20分の通過である。

礼文華がエリア外だったこの当時、海岸線まで出れば対岸八雲の電波を捉えられたのたけれど、この築堤より奥の斜面ともなれば、なんとか電話の繋がるものの相手が何を話しているか分からず、使い物にはならなかった。
余談ながら、総務省のまとめによれば、人口カヴァ率が99.97パーセントに達した2013年11月末日のデータでも、全国で3万9千人がエリア外に居住し、集落数では3240箇所、この内居住者10人以下の集落が6割を占めると云う。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor85mm f1.8D 1/250sec@f4  Fuji LBA4filter Ektachrome Professional E100SW [ISO400/1.7EVpush] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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コメント

コントラスト

コントラストが絶妙ですね。私もこのようなカットを狙いたいです。
数々のご経験だけでなく、撮影の時期時刻と天候(+太陽の位置)を読み切っての賜物でしょうか。

今の勤務先でも基地局設備の仕事をしておりまして、特に2000年代は作っても作っても追いつかないくらいの仕事量でした(通信方式がCDMA化された時期に重なります)。
人口カバー率も「各地の市町村役場で通話が可能であればその市町村は通話可能」と通信事業者のご都合に合わせた定義でしたので、山間部は圏外というのは当たり前でした(これも周知の事実ですね)。

  • 2014/07/07(月) 21:45:44 |
  • URL |
  • 影鉄 #-
  • [ 編集 ]

Re: コントラスト

こんばんは、影鉄さん。
いつもありがとうございます。

そうでしたか。何処かの高台から俯瞰すれば、移動体通信の基地局鉄塔が写り込むのは、
いつの間にか当たり前の日本の景観になりましたね。
それを感じたのは確かに2000年頃からこの方と思います。

最近には、太陽の日出時刻ばかりでなく方角や、その方角が山地ならその標高からの仰角計算に、
線路標高からの眼高位置まで考慮したデータを提供してくれるサイトがありますので、
地図とにらめっこの面倒くさい計算をしなくて済みます。
なので、光線状態をかなりの精度でシミュレイション出来るのですが、それが実際にどう見えるか、
どう写るかは、やはり経験によるしかありません。

  • 2014/07/08(火) 02:15:45 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

光と影の

晩秋の礼文華、光と影のコントラストが絶妙ですね。
燃える様な紅葉に目を奪われます。
北斗星、撮っておかねばとは思っているのですが、礼文華も候補地です。
こんなドラマチックな光線に出会えれば良いのですが。

「移動体通信」の言葉も懐かしいですね。
厚賀~大狩部の崖上から静内駅に運行を確認した時は、
時代の移ろいを痛感しました。

  • 2014/07/11(金) 00:00:06 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 光と影の

お言葉、ありがとうございます。
実際には「燃える」ほどの紅葉黄葉でも無いものですから、低い赤色光で「燃やさねば」と考えた次第です。
この築堤、保守基準の変更で1989年を最後に法面の樹木の伐採がなされなくなり、
近年にはそれに囲まれてこの画角では撮れなくなってしまいました。残念なことです。

その昔は、列車が定時にやって来なければ、遅延か運休かも知りようが無く、ひたすら待ったものですね。
この情報ツールは、もう鉄道屋には欠かせません。

  • 2014/07/11(金) 02:31:24 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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