"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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山越 (函館本線) 1993

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1700年2月に松前藩が幕府に提出した「元禄御国絵図松前蝦夷図(元禄郷帳附図)」という地図(北海道大学北方関係資料室収蔵)には、噴火湾西岸の「ゆふらっふ」の地名に続いて「膃肭臍有」と記され、また、1717年の幕府巡検使による「松前蝦夷記」(同前)にも、彼らの持ち帰った「土産」のひとつであった「膃肭臍」の産地として噴火湾一帯の地名が書き込まれており、そこは古より、このアシカ科の海獣オットセイの生息域だったと知れる。

これを狩猟して食用とし、また毛皮を防寒着に利用して来たのは沿岸に居住した先住民族アイヌの人々であった。膃肭とは彼らがこの海獣を指したonnepの中国語に転訛した表音に当り、オットセイの語源はアイヌ言葉に発する。彼らがそれを承知していたかは調べ得ていないが、中国ではその陰茎や睾丸が強壮剤など漢方薬の原料として珍重され、それを膃肭臍と呼んだのである。
ここに進出した和人は、それの対中国輸出品としての商品価値や自らの処方に、アイヌ民族に対し米や酒、煙草などの物資を獲物あたりに与えて猟を奨励したのだった。これらは、何れも和人との接触以降に彼らの生活に入り込み、自らの生産は叶わぬものであった。酒の例ならば、狩猟の民としての儀礼などに当然に固有のそれは存在しただろうが、その原始的な発酵酒と異なり、彼らの持たない米を原料に並行複発酵と云う特異な過程にて造り出された清酒や濁酒に取り込まれてしまったのである。本来、必要以上に資源を搾取しない彼らではあったが、酒、煙草欲しさに猟に出た者の居て不思議は無い。ここでの乱獲の始まりであった。

1799年に北方警備の要から東蝦夷地を直轄領とした幕府は、1801年に箱館亀田に所在の関門をヤムクシュナイ(山越内)に移し、ここで東蝦夷地への通行を厳しく監視した。これは国防上の事由であったから、蝦夷地に居住したアイヌ民族の撫育が課題であった。「撫育」とは礼を失した言葉だが、このためにも彼らが交易上に不満を持っていた民間の運上屋を廃して、これを直轄の会所として価格の適正化や品質管理を徹底、分量や量目の不正も排除し、その生活に配慮することにもなった。ここでも彼らが味を覚えた(覚えさせられた)酒も、また手段として欠かせぬものとなり、松前からの移送に替えて幕府直営の酒蔵、酒造場がこの山越内をはじめ様似、釧路、国後に建てられ、周辺に酒を供給したのだった。
山越内の酒造場は、現在に旧山越構内を横切る酒谷踏切付近に所在したと言われ、それは1809年の「東蝦夷地山越内場所村鑑帳」(新北海道史第7巻に収録)中の酒造方記録によれば、75坪(約248平方メートル)の居宅向柾板葺、同規模の酒蔵、36坪の板蔵に、20間(約36メートル)に及ぶ水車小屋を1棟とあり、小蔵ながら現在にも通ずる規模である。この水力精米には当時とすれば品質の良い酒の醸されたことであろう。なお、醸造高の記録は無い。造りには下北大畑からの酒造集団が当り、毎年に12名が越年していたと伝わる。
1858年の「蝦夷実地検考録」(函館市立図書館郷土資料室収蔵)には、「会所ヨリ西北五町酒屋川ハ昔銅鉱ヲ掘シ時川ノ二町奥ニ売酒屋有シ故ノ名也基礎猶存ス」とあり、これより以前に酒造場は廃されていたようである。国鉄の踏切名称は酒谷だけれど、水車の掛けられていた川に酒屋川の名を残している。

写真は、八雲町浜松の噴火湾岸を往く臨時特急9016D<リゾートエクスプレス北海道6号>。この団体向け観光仕様編成の就役から間もない頃である。
ここも、短いながら波打ち際をトレースする区間なのだけれど、背後に水産加工施設が邪魔をする。近年には海側防護壁の嵩上げも行われて、撮影地としては不適となってしまった。この浜松跨線橋にもフェンスの架けられれば脚立が必須である。
噴火湾のオットセイは、絶滅寸前の1911年に保護の網が掛けられ、以来個体数を回復して現在にもアシカやアザラシと共に姿を現す。

[Data] NikonF4s+AFNikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f8 Fuji SC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhptpshopLR5 on Mac.

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