"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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豊浦 (室蘭本線) 1997

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函館でも25度、稚内ならようやくに20度を超えるに過ぎない太陽高度による低い斜光線に、冬至を挟む12月に1月の渡道を永いこと定番にしていた。冬の枯れ野にせよ、風紋の雪原にせよ、それは列車とその背景に深い陰影を落としてくれたからである。
けれど、それと引換えの遅い夜明けには、海峡線の開業して本州からの特急寝台列車が道内の朝を走り始めると、それの冬姿には敢えて避けていた2月の末から3月を加えねばならなくなった。1998年の冬までなら1・8001・3(6003)列車が30分程の間に雁行する上に、冬期のみには8009のスジで<エルム>の走ることもあり、それらは函館を4時台後半、長万部でも6時台、東室蘭でようやく7時台だったから、函館線内は諦めるとしても長万部での常用薄明時刻が6時を繰り上がる2月下旬以降を待たないと、室蘭線非電化区間内でも撮れなかったのである。
積雪の始まる12月初旬のそこでの常用薄明は早くも6時30分前後に繰り下がって、選択肢は他に無いので致し方のないところだけれど、北海道とは云えども3月の道南噴火湾岸は融雪期に入って線路は黒く露出するばかりか、北岸斜面に多くを占めるブナ、ミズナラ、シナノキ、イタヤなどの落葉広葉樹の樹林が針の山の如く残雪に突出し、撮影地点や画角を考慮せねばならなかった。

豊浦の国道沿い寺院裏手の緩斜面から貫気別川橋梁前後区間を望む画角は、背景のそれを避け得ず、降雪直後に限定されていた。
写真は、待望していた3月半ばでの雪景色。新雪を蹴立てて貫気別川橋梁を渡るのは6003列車<北斗星3号>である。
177に聞いた翌日の胆振方面降雪の予報に予定を急遽変更、夜遅くに洞爺の浅野旅館に入り、未明にタクシーで豊浦へと向かってみれば、予想外の激しい降雪に1列車に8001列車は白いカーテンの向こうだったけれど、その30分後の小康にどうにか出会えた6003列車である。この時期に至れば豊浦での常用薄明時刻は5時20分台に入り、7時の通過だったこの列車ならLBフィルタを外しても撮れた。

3月の渡道には福音もあった。融解と凍結を繰返す南斜面の積雪は表面が固く締まりズボることが無い。雪面ならどこまでも踏み込めたのは痛快にすら思えた程だ。ただし、積雪にクマザサの埋まっていると、その生体熱で内部に大きな空洞を生じ、表面層を機材と体重で踏み抜いてしまうと難儀なことになった。雪の深い常紋では身体全部が嵌り込んでしまい、脱出に30分余りを要すると云う痛い目にも遭っている。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor ED180mm/F2.8D 1/250sec@f8+1/2 NON filter EPL Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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コメント

北斗星

 雪煙を上げて走る北斗星、ロケーションも天候も素晴らしいカットですね。
 こんなのを撮ってみたいですが、余程の強運の持ち主で無いと撮れないのでしょうね。

  • 2014/08/11(月) 21:24:56 |
  • URL |
  • 佐倉 #qBJdVxD6
  • [ 編集 ]

Re: 北斗星

こんばんは。

ヒガハスの巨匠に、そのようにおっしゃられると恐縮してしまいます。
本文記事に書きましたように、本来の積雪期には撮れない(時間の遅い5号だけなら何とかなりましたけど)カットですので、
3月の渡道では天候次第で、いつでも豊浦へ移動出来るスケジュールを組んでいたのは確かです。
山も道路も皆、降雪に埋まってくれましたので、思い切り広く画角を切った次第です。

  • 2014/08/12(火) 00:15:05 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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