"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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美留和 (釧網本線) 1976

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地球の赤道傾斜角、自転軸の公転軸からの23.4度の傾きは、緯度の高い北海道に冬期間の遅い夜明けに早い日没、そして低い太陽高度をもたらす。本州からの特急寝台列車の走り始めてからは、それを電化区間でしか捉えられぬゆえ避けるようにもなったけれど、かつてには12月の渡道を定番にしていた。この時期なら浅い角度で差し込む斜光線を日中でもふんだんに使えたからである。
そして、曇りや降雪では意味の無いこれには、晴天確率の高い道東方面へスケジューリングの大半を充てていた。例えば12月半ばでの釧路における太陽の南中高度は25度に達せず、積雪の少ないこの地域の心象風景には、それの織りなす陰影の濃淡も相応しく思っていたのだった。日中を通じての黄色味を帯びた光線に加えて、16時前と云う日没時刻(太陽上辺)には15時を過ぎれば夕暮れに暮色の光景も見せてくれたのである。
ただし、短い昼間時間には撮影チャンスが持って往かれて、長い夜にバルブの対象を探すことにはなっていた。

その当時の12月渡道では釧網線中央部の弟子屈から美留和のあたりに必ず降りていた。標高150メートル程の高原状の沿線にはシラカバにミズナラやカラマツ、それにトドマツの樹林帯と牧草地が交互に続くだけで、これと云った立ち位置のあるで無かったけれど、南から西側が開けて屈斜路湖カルデラ西端の低い山稜を越えて斜光線が遮られることなく届いて、それらに陰影を与えてくれたのである。昼間の日射と夜間の冷気に融解・凍結を繰返して表面の固くなった積雪をサクサクと踏み抜きながらの線路端歩きも楽しいものだった。

列車は612D<しれとこ4号>。
基本編成のキハ27-2両の所定にこの日はキハ22が入っていた。後部の同形式は斜里までの増結車である。
凍結した雪面への降雪は強風に風紋を描いて、道東ではどうしても撮りたくなってしまう素材だった。

[Data] NikonF2A+AiNikkor28mm/f2.8 1/500sec@f5.6 O56filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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