"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

礼文 (室蘭本線) 1988

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2014年3月の寝台列車<あけぼの>の廃止にて旅客営業から失われたものがある。寝台車の昼間座席代用利用、通称の「ヒルネ」である。(制度としては生き続けている)
起き抜けの寝台車に突然に現れる新たな乗客に遭遇した経験の向きは多いことと思う。立席乗車券での利用として発券を制限したはずだが、国鉄末期の九州島内では昼行特急群と等時隔配列ダイヤとした関係で自由席特急券所持のまま乗り込む旅客が絶えず、下り<さくら>での寝台のひと区画に8人から10人の詰め込まれる事態には観光利用客からの苦情が新聞に掲載されるなど、寝台利用客にはとかく悪評の扱いではあった。

この制度は1960年7月1日付の制度改正にて主には普通急行・準急行列車を対象に規定され、翌1961年7月1日発列車より特別急行列車を含めて実行されたのを嚆矢としている。それは寝台の余席活用による増収策に違いなかったのだが、当初には普通急行・準急行に限れば乗車制限も意図していたのである。
戦前期の旅客制度には疎いのだけれど、実は当時にも長距離運転にて運行時間も長い寝台車は、寝台利用時間(戦前にも21時から7時までだった)を除けば座席車と扱われた。寝台専用列車の存在しない時代には当然であり、おそらくは日本の鉄道に寝台車の導入されてまもなくからのことであろう。3等級制に定められての1等寝台車は、あくまで1等運賃を課する1等車であり、2夜行運転も珍しく無い当時に旅客は寝台利用時間に対しての寝台料金を支払ったのである。1931年2月1日に東海道線列車より導入された3等寝台車も同様で、これも昼間には通常の3等車と扱われた。急行に座席指定制の無い当時、それは自由席であった。
この扱いは戦後にも持込まれ、1958年10月1日付での大幅な制度改正でも継続されるのだが、こと普通急行列車に関しては1955年に3等寝台車が復活して些か問題を生じていた。国鉄がこの扱いを敢えて広く告知もしなかったこともあろうが、輸送力整備の追いつかずに長距離列車の混雑していた当時、それを知る旅慣れた昼行旅客が、座席車への行列を尻目に空いている寝台車へ先に座席を占める事例が多発して非難の対象となり、また寝台定員以上の乗車は寝台設営に支障したばかりか、その後にも退去しない乗客が通路を占拠する事例も見られたことも在って、それの寝台使用時間以外を座席指定車としての運用を可能としたのが1960年7月の制度改正だったのである。乗車抑制策であるのは、61年7月の実施に際して「座席指定券」を車内発売に限ったことにも明らかであり、1970年代に至れば対象列車は、羽越線の<天の川>など全車寝台編成の列車だけになっていた。

<あさかぜ>設定の1956年以来に戦後には原則的にこれを認めて来なかった特別急行列車については事情の異なり、こちらは本来的な余席活用と近距離利用促進の意味合いの強く、当初には<さくら>の下関-長崎間、<あさかぜ><さくら><はやぶさ>の静岡-東京間などが指定されたのだった。そして、それら区間には同時に設定された低廉な「特別急行の特定料金」が適用された。この時点でのそれは特急券の原則通りの指定席である。
東海道新幹線<こだま>で成功を収めた特急列車への自由席設定は、1965年10月1日付での制度改正にて在来線の一部列車全区間とそれ以外の末端区間に及んで夜行特急も含まれたのだが、それに限ればその全区間が「特別急行の特定料金」設定区間と重複した。自由席利用ゆえ、その特急券は座席の指定がなされなかったが、対象列車や区間が鉄道管理局長の通達にて指定されたことから、地方の実情により一部列車では座席を指定した特定料金の特急券も発売された事例も在る(料金は同一)。
この特急券は、座席指定を伴わないとしても乗車列車や区間は指定され、マルス上に寝台券の発売に連動して余席利用の理に叶っていたのだが、1969年5月10日の制度改正にて特急料金のキロ地帯に「200キロまで」が加えられた代替にこれの廃止されると、発売枚数に制限の無い自由席特急券での利用となり、上りでの自由席設定を廃したものの寝台の繁忙時期などに一部列車で混雑を生じることにもなり、さらには1970年10月1日の制度改正での特急料金を割り引いた「特定特急券」の規定に、適用区間が自由席設定区間と関わり無く上りも含めて設定され、また1975年3月10日ダイヤ改正では夜行急行列車の廃止にともなう輸送力不足に一部の寝台特急に座席車を連結(寝台電車編成の一部車両を座席にて運転)したことも加わって、所持すべき特急券が輻輳する混乱も起きていた。
これに対して、設定列車に区間を見直すと共にマルスの寝台券発券と連動させて下りを立席特急券、上りを指定席特急券での利用に統一した現行制度への改正は1978年10月1日発列車(同2日ダイヤ改正移替運転列車)からのことであった。

写真は礼文華山トンネルからの築堤を駆け下りる1列車<北斗星1号>。機関車次位に函館にて増結のスハフ14が見える。
この列車での寝台の昼行座席利用設定は、その運転により廃止された青函継送特急の道内旅客輸送代替と云う特殊事情に加えて、その需要を吸収出来ずに専用の座席車の増結を要した希有な事例であった。これについては、七飯-大沼 (函館本線) 1988 に詳述している。

[Data] NikonF3P+AiNikkorED180mm/F2.8S 1/250sec@f4 NONfilter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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