"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

富浦 (室蘭本線) 2009

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1980年の8月28日から31日にかけて、北海道渡島半島部から胆振地方は秋田沖に停滞した低気圧の影響による大雨に見舞われた。当時の室蘭地方気象台が開設以来の雨量を記録するなど中心域は胆振地域に在り、降り始めからの最多雨量は登別で記録の493mmであった。豪雨事例の少ない道内では、これにより土砂崩壊・道路決壊に河川の氾濫しての床上床下浸水などの災害が発生し、それらの多くは室蘭市・登別市・白老町に集中した。地形と土地利用条件から住宅被災の多かったのが特徴的であり、その被災戸数は室蘭市で1576戸、登別市で1655戸、白老町では776戸と記録された。中でも、登別市のそれは全住戸の10パーセントを越えるものであった。

同市富浦地区も例外でなく、おそらくは開基以来最大の災害であったろう。ここで引き起こされたのは崖崩れに泥流の流下、そして浸水であった。3日間の大雨に地盤の弛み、31日の朝からの時間雨量40〜50mmと推定された強雨が引き金となって午前6時から10時にかけて、市街地背後の段丘の急崖を開削して1971年に供用されていた国道36号線富浦バイパス付近の各所が相次いで崩落し、火山堆積物による崩壊土砂と流出水は国道を埋めたばかりか、泥流となって国道下の斜面を削り取りながら市街地に流れ込み、海岸沿いの室蘭本線の築堤まで達し、多くの住居を床上床下浸水させた。また、急崖の崩落は蘭法華岬側においても発生して、その土砂は泥流とともに10月の電気運転を控え新線に切替えられたばかりの蘭法華トンネル入口付近を埋めたのであった。これにより室蘭本線は不通となり、復旧に三日間を要した。被災一日後の復旧作業中の様子が北海道新聞のWebsiteにある。
以前に 富浦 (室蘭本線) 2008 に記した、隧道の山側に痕跡のあったと云われる先住民族による急坂の登坂路の見つからぬのは、この崩落にて消失したものであろう。

今、富浦の乗降場に立って段丘崖を見渡すと至る所にコンクリートの防護工が施されている。これらは本災害を教訓に復旧に際して施工され、その後にも追加され続けている工事である。
海岸沿いの富浦の市街地を往くのは、1列車<北斗星>。蘭法華岬からの画角の既出はご容赦いただきたい。
先日にここの1953年に撮影の空中写真を閲覧して驚いたことがある。それには当時に岬上部は先端に至るまで農地として耕作されていた様子が見て取れ、現在には背丈程の熊笹に覆われて通行に難儀し、周囲より樹木の進出が始まっているそこが平坦である理由が理解されたのであった。先端近くに明らかに人工的に切り取られたと思われる地形の存在もそれゆえと知れた。

[Data] NikonF5+AiAF Nikkor 85mm/F1.8D 1/500sec@f5.6  C-PL filter Ektachrome Professional E100GX [ISO160 /0.5 EV push] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.




2011年の12月に、この「ブログらしくない」Blogを書き始めてから前回記事で丸3年が経過し、本記事は4年目に踏み入れたことになります。この間にご訪問下さった皆様には心より御礼申し上げます。
3年間の記事数は、週に4本のペースを守りつつ658本を重ね、一年程遅れて書き始め週2本としていた内地版の230本と併せれば、これが888本目と云う目出度さでもあります。
これまでも折りに触れ申し上げていたことではありますが、写真のストックはまだ尽きず、敢えて外していた最近の撮影も加えれば、それはさらに増え続けているものの、コンテに想定した絵柄の再現には同一箇所に幾度も通うことになって記事ネタの方が払底しつつ在る次第です。
つきましては、ネタの仕入れ旁々この機会に半月程猶予を頂戴し、年明けより再開の所存であります。どうかご容赦下さいませ。
なお、内地版 "70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome film" は、その間もこれまでどおりのペースで続きます。こちらへのご訪問もお待ち致しております。

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