"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

厚岸 (根室本線) 1972

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能取湖の南岸、湧網線の卯原内付近を秋ともなれば赤く染めていた「サンゴソウ」群落は承知していたけれど、それの和名の「アッケシソウ」とは随分と後年に知った。観光ガイドブックやパンフレットの類いにサンゴソウ(珊瑚草)と紹介されてもアッケシソウ(厚岸草)の名はなかったのである。網走市にしてみれば観光資源に厚岸を持ち出したくも無いのが正直なところだったろう。

このアカザ科の一年生植物は、1891年に厚岸湖の牡蠣島で発見されたところから、その和名が付された。道内には厚岸湖、能取湖の他にサロマ湖や野付半島でも群落の確認されて北方系の植物かと思えば、宮城県や瀬戸内海沿岸にも自生と聞いて驚きもした。それの群落形成には塩分濃度の比較的高い汽水と緩やかな潮の干満差が条件と云う塩生植物である。牡蠣島の大群落は1921年に「厚岸牡蠣島の植物群落」として天然記念物にも指定されたのだけれど、牡蠣島自体が地形変動により水面下に没し始めて、以来に牡蠣島のアッケシソウは急激に減少したのだった。天然記念物指定も1994年に至って解除されている。厚岸湖から絶滅したでは無いものの、湖岸に残された自生地には陸路の通じない最深部にて、厚岸町はこれを観光資源とはしなかったのである。
決して繁殖力の弱い植物ではないらしいのだが、前述のごとくに生育条件が限られ湖岸の至る所とは往かない稀少植物であり、環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧種2種に指定、北海道庁においても準絶滅危惧種である。

これを受けて、厚岸町は教育委員会が中心となって2005年よりその栽培を手がけている。栽培地は、かって鉄道の撮影位置でもあった線路沿い船溜りの埋立地である。陸上に区画を設けてのそれは定期的な海水の散布を要し、如何にも畑作地然とするのは頂けないが、釧網線の車窓にも見える。埋立地先にでも冠水域環境の復元を望みたいところではある。
余談だけれど、冒頭の卯原内地区では観光協会が自生地の保護を行って来たのだが、近年に主には潮位の上昇から土壌の流失や常時冠水域を生じたため、群生地への湖水流入を減少させる盛土工事を行ったところ、乾燥化が進行して生育不良に陥り、現在に群落は壊滅状態と云う。調査の結果、盛土に使用した能取湖港湾工事の際の浚渫土砂による土壌の酸化作用が原因と知れ、現在にその土砂と湖岸堤防の撤去が進められていると聞く。前述のとおり、環境にうるさい植物なのである。

厚岸湖岸の船溜りを車窓に旋回して往く列車は混合444列車。まもなく厚岸の場内に至る。
現在に前記の栽培地に埋め立てられた位置である。鉄道屋としてみれば、格好の立ち位置を失ったのだけれど、背後の丘陵も住宅街と化してしまい、どっちみち撮れたものではなくなっている。

[Data] NikonF+AutoNikkor135mm/F2.8 1/125sec@f5.6 NON filter Kodacolor100 Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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