"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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小幌 (室蘭本線) 1997

koboro_02-Edit.jpg

最初にカメラを買い与えられたのは1963年のことだった。当時に発売されたばかりのRICOH社製ハーフサイズカメラ「オートハーフ」である。線路際に立っていて別段にカメラの欲しかった訳では無い。けれども直にそれは必携品となり、線路端趣味に欠かせぬ道具と化した。戦後に写真を趣味としていた親父の術中に嵌ったと云うことである。
それは35ミリフルサイズ換算でほぼ50mmレンズ相当の画角を持ち、感度を設定して絞りダイヤルをAに合わせさえすれば良い自動露出カメラであり、しかもゼンマイ仕掛けの自動アドヴァンス機構まで搭載していた。押せば写るフルオートカメラは露出のイロハの勉強にはならないが、まずは写真世界に引込もうとの親父の作戦だったのだろう。天秤を使った薬品の調剤に溶解に始まる現像処理の「化学」も、夜間に襖を締切っての暗室代わりの客間での焼付け・現像も面白く、家に在った写真本やらアサヒカメラを隅々まで読み漁ったものだった。
但し、このカメラは鉄道撮影には不向きであった。勿論、自動露出にシャッタ速度が追随する故であり、光量豊富な晴天下はまだしも条件の悪ければ被写体ブレが量産された。基本的に家族写真に山岳風景しか撮らなかった親父には気の回らなかったのだろう。それもあって3年後には Nikonのレンズ資産を親子で共通化するNikomat FTnを宛てがわれ、一眼レフに移行したけれど、このRICOHカメラも随分と後まで併用していた。口径比F2.8の25mmレンズは近距離への固定焦点ながら結構写ったのである。現在の眼で当時のネガを検証してみても、無限遠はさすがに苦しいけれど、接近して撮った停車中の機関車などにはシャープなピントを結んで、立体感もそこそこ在る。もちろん当時の光学技術にハーフサイズを差し引いての話ではあるが。

写真を職とするに至ってしばらくはコンパクトカメラを手にすることは無かったけれど、撮影現場をメモ的に記録する必要の生じて巡り合ったのが、またRICOH社製の「35EFL」と云うカメラだった。決してマニアでは無かったので自分の機材以外には疎く、新宿東口に在った「さくらやカメラ」の店頭で「安くて良く写るカメラ」と条件を告げて店員の持ち出したのがこの機材だったのである。最初のF3HPのボディと同時に購入しているから1981年のことと思う。
シャッタは1/125秒の固定だけれど、広角系の多いコンパクトカメラにあっての40mmレンズは都合も良く、それが口径比F2.8まで開けば文句は無い。焦点調節は目測合わせと云ういい加減さではあったものの、フィルムを通してみれば、このレンズも良く写って驚かされた。絞り込まれたと思われるコマなど、六つ切程度に伸ばす限りには十分に実用レヴェルだった。レンズには COLOR-RIKENONと刻まれ、RICOH社の前身、理研光学以来の光学設計は侮れないとの印象を強くしたのである。仕事での役目が終われば鉄道屋の旅に持ち出し、スナップカメラに使った。
これの後継機種を期待したのだけれど、以来のRICOH社製には見るべきコンパクトカメラの無いままに10余年を経過する(この間中堅職業写真屋の見栄で ContaxTなぞを使っていた → 猿払 (天北線) 1986)。そして、ようやくに現れたのが「R-1」であり、それに新設計の28mm/F2.8のレンズを搭載した「GR-1」であった。

1996年の発売前後には業界でも話題となり、先輩写真家のひとりが盛んに触れ回ったことで広くブームを引き起こしたからご記憶の向きも多かろう。その優れた光学性能には多くが語られているので繰返さない。氏のごとくに仕事カメラを標榜するでは無いけれど、一度楽屋でのモノクローム撮影をこれで済ませてしまったことはある。勿論、鉄道屋の旅にも持ち出して、この頃には旅のスナップまでリヴァーサルフィルムを通していた。
当時の記録からのカットは小幌での491D。乗車列車の到着をスナップしたものである。
一部で秘境駅などとは囁かれていた思うが、集団で押し掛けてのB.B.Qなどには出会わず、この頃にはまだまだ静かな場所ではあった。

銀塩時代の掉尾を飾ったカメラに違いないが、ディジタルの急激な普及を前に、GR-1vまで進化し乍らその在位期間は10年に満たなかった。勿論、後継には光学性能を引き継ぐディジタル機が用意され、迷うこと無く現在にはそのユーザーである。

[Data] GR1 GRLens28mm/F2.8 Aperture-Priority AE(f5.6) Non filter Ektachrome Professional E100SW [ISO160 / 0.5EV push] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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コメント

写真機

こんばんは。

1963年の初写真機ということは私が生まれる前からのフォトグラファーですね。改めて脱帽です。
幼少期に父親が二眼を使っていましたが、写真趣味というよりは専ら家族スナップでした。幼い私もシャッタを押した記憶があります。確か下側レンズ横のツマミを下方向にスライドさせていたような・・・、壊れていたんですかね。

お写真の遮断器が目に留まりました。車道・人道らしきが見当たりませんが。

  • 2014/05/24(土) 22:19:40 |
  • URL |
  • 影鉄です。 #-
  • [ 編集 ]

Re: 写真機

こんばんは、影鉄さん。
いつもありがとうございます。

二眼レフのシャッタアドヴァンスは、そう云う操作になっていました。
決して、故障していたのでは無いと思いますよ。
短めのストラップの二眼レフを首から下げて、ピントグラスを覗きながらの写真スタイルは1950年代の流行でして、ひとつのファッションだったらしいですね。親父によれば、ですが。
我が家では、70年代に至るまで自宅での家族集合写真にはブラウニーフィルムのそれが使われてました。

遮断機は上りホーム側、海岸へと降りる獣道側への構内踏切なのですが、この頃までは踏み板などは無かったのです。
そこを渡る利用者など考えられなかったからでしょうが、増え始めた趣味の下車客に、この直後に整備されました。

  • 2014/05/26(月) 02:49:05 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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