"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

深川 (函館本線) 1973

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深川は深名線や留萠・羽幌方面への乗換駅だったから幾度もホームには立ったものの、集札(改札)をくぐって本屋に出たことは数えるくらいしかない。一度、午前0時過ぎの網走行き急行を待った以外は、全てそこや稚内からの夜行を未明に下車した時ばかりである。それは<利尻>なら午前4時前となり、夜行移動にはなかなか難儀な位置ではあった。

ここの駅本屋は、深川市の引受による利用債にて1959年度に予算化され1960年6月30日に使用を開始した建物で、同年度予算での旭川や倶知安と同様に直線で構成された、いかにも戦後設計の近代的建築に見えた。冬期の暖房も同じくスチーム式が設備され、件のFRP製のベンチを除けば居心地は良さそうだったが、その必要のなかったので駅寝をしたことはない。もっとも、深夜帯に約3時間の着発の空白があったから待合室は閉鎖されていたものと思う。
未明なので駅を踏み出すこともなくて、静まり返った街には印象もほとんど無い。駅前にアーチ型の「歓迎」看板が建てられ、その先の駅前通りは右側だけにアーケードの架けられていたのを不思議に思った覚えが在るだけである。

この留萠線蒸機の末期に留萠へと運転されていた運炭列車は、赤平と芦別発着の1往復ずつが設定されており、積車となる下りは2本とも留萠石炭桟橋での作業に合わせて線内を未明から早朝に通過していた。当然に夏の季節以外の走行撮影は困難で、深川へ未明に下車して、やっとこれを構内照明の下に捉えられた。
そこでの蒸機の出発シーンはドレインの白い蒸気が夜目にも美しく、機会の都度に被写体にしていたものである。天への凄まじい排煙が照明光源を遮ってシルエットと化すのも近代車両には出来ぬ演出である。展示運転に蒸機が復活し夜間の運転の行われることが在っても、肝心の煌煌と灯る構内照明が失われては再現されない光景であろうか。
列車は5781列車。赤平から滝川で継送されたこの列車は、1973年10月改正にて午後の定期列車との差替えにより臨9781列車から格上げされていた。

[Data] NikonF photomicFTN+AutoNikkor135mm/F2.8  1/8sec@f4 NONfilter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR5on Mac.

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