"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

長万部 (室蘭本線) 1996

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長万部の僅か1キロばかりの中心市街地を貫通して両側に商店なども並ぶ本町通りは、最近までの国道5号線であった。大型の貨物自動車が行き交い、向こう側の長万部食堂へ道を渡るのに信号無視など出来ない程に交通量も多い幹線国道だったのである。
これの市街地を海沿いに迂回する長万部バイパスは、ようやくに1996年に至って供用となった。おそらくその構想は1960年前後より持たれていたものと思われる、それの実現の遅れた事由は承知していないが、長万部川を2箇所で渡河する上流側の旭浜橋地点、国道37号/230号線の起点(接続点)より先の区間だけは1966年に切替えられていた。現在も長万部町長万部地内に町道にて残る旧道上には、室蘭本線との平面交差が存在し、その直後に二股に分岐して幅員の狭いことなどから改良の急がれたのだろう、その北側に迂回して新道が建設され、室蘭本線を越える橋長19.6メートル、幅員7メートルの長万部跨線橋は、この際に設置されている。現代ならばコンクリートラーメン構造なりPCコンクリート桁の渡されたであろうが、60年代当時ゆえ単純プレートガーダである。室蘭線はまだ単線だったけれど、これには当初より複線線路分の橋長が確保されていた。
1960年12月には、長万部市街地北端で行き止まりのT字路だった旧国道5号線は北へ延長され、国道37号線も、そのまま直進する線形に付替られていて、上記新国道5号線はそれに接続されたのであった。国道37号線の旧道は、それまでほぼ現在の室蘭上り線長万部川橋梁の位置で川を渡っており、橋自体はすっかり痕跡無く消滅しているが、右岸の取付け部は旧国道5号から分岐する生活道路として残っている。

長万部の付近で高さの在る視点はなかなかに得られない。駅には跨線橋のほか構内に二つの人道橋が架けられてはいたものの構内を見下ろすばかりである。その中で、長万部跨線橋は前後の盛土を含め線路路盤から10メートルに満たない高さながら、北側に続く噴火湾と原野の遮るものの無い視界が開ける貴重な立ち位置ではあった。浜沿いに旭浜の疎らな集落も続いていたはずである。けれど、ここを意識した70年前後に昼間の室蘭線上り蒸機列車は朝と昼過ぎの2本(定期列車のみ)にまで減っていた上、長万部進入の絶気運転には撮らず仕舞いだった。数年して再訪すれば彼方の栄原付近に長万部生コンの工場が操業を始めており、原野にやたらと目立つそれに落胆して、またも撮らずに立ち去っていた。
そのうちに長万部川放水路(新河道)の大規模な工事が始まってしまい、しばらくはとても撮れる位置ではなくなっていたのである。それの落ち着いたのを見届けて再び訪ねてみれば、今度は手前の海側で長万部町下水道の終末処理場が建設される有様で、20年近く抱いていたコンテの想いは、なんとも水泡に帰さざるを得なかった。時系列を遡ってみると、それの撮れたのはこの上り線の1969年9月19日の使用開始からせいぜい2年間程度しか無かったと知れた。撮れば良かったと悔やむ位置ではある。

長万部川橋梁上の列車は3056列車。
生コン工場のバッチャープラント塔を少しでも目立たなく済ますには、降雪の天候を選ぶしかない。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec.@f5.6+1/5 Nikon L1Bc filter PKL Edit by PhotoshopCC on Mac.

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