"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

森 (函館本線) 1998

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米国において1886年に発売された「コカコーラ」は1900年代初頭までには全米規模の炭酸飲料に成長し、コカコーラカンパニーの関わったものかは分からないが、日本にも輸入された記録があると云う。1919年には明治屋が輸入代理店となって国内での販売が開始され(販売名をコカコラタンサンとしていた)、アジア太平洋戦争後には進駐軍への供給にボトリング工場が進出して製造が行われた。正式に日本法人を設立しての国内向け製造販売開始は1957年のことである。
1962年の夏と記憶するが、母との東京目黒に叔母を訪ねての東京旅行の折、見物の東京タワーにその自動販売機が置かれていた。当時には都内でも珍しかったと見え、叔母が買ってくれたそれは苦く薬臭い飲み物だったと覚えている。その印象のせいか、その後にコカコーラを口にするのは10年以上を経てのことになる。

それと云うのも、その頃に子供でも納得する「大人」味の飲料が存在していたからでも在った。今や、道民に知らぬ者の無い「コアップガラナ」である。71年に上京すれば、それの何処にも売られていないのに困惑し北海道独自の飲料と思い込んでいたのだけれど、1958年の発売時には全国の各所で製造販売されたとは随分と後になって知った。
コカコーラの本格的国内進出に対抗すべく、全国の中小飲料事業者で組織する全国清涼飲料協同組合連合会がブラジル国大使館の協力の下に開発した飲料がガラナであり、共通ブランドとして用いられたのがコアップだったのである。当時に同連合会のフランチャイジィの下に全国で数十社が製造したと云われるが、多くはコカコーラの強力なマーケティングを前に敗退し、唯一そのボトラーズ進出が遅れた道内のみで販売シェアを獲得したのだった。確かに60年代後半の札幌のスーパーマーケットや近所の食品店の店先には、リボンシトロンやバヤリースのオレンジジュースと並んでコアップガラナが並べられていたものである。道内でも数社が製造に参加したらしいが、近所で見かけたそれの製造者名は残念ながら記憶には無い。

現在もほぼ独占的に供給を続けるのは、当時の小原商店、現在の株式会社小原である。それは1931年に森町にて果実酒の醸造業者として創業している。開拓使の七飯官園に始まった北海道の果樹栽培は、当然にこの駒ケ岳北麓に広まっていたから、産地に立地して林檎酒や葡萄酒製造を目論んだものであろう。清涼飲料への進出は戦後1950年頃とされ、当時にブームであったサイダー生産への参入による。その「銀星シトロン」も札幌の店先で見たことがある。コアップブランドでのガラナ発売は1960年であった。以来の50年は、なるほど道民飲料の地位を得るに十分な歴史である。

実はその50年間、内地でもガラナ飲料は生産され続けていた。幾つかの零細な業者の製造にて供給も地域に限定されたゆえに目立たなかったのである。これが1997年に、とある業界見本市をきっかけに注目され、その生産拡大や大手資本の参入を招きもしたのだけれど、近年にブームは沈静化している。東京や神奈川でも製造の続けられているらしいのだが、近所のコンビニの冷蔵ケースにも街中の自販機にも見ることは無い。引続き、それは北海道の飲料である。

写真は森を出発した6003列車<北斗星3号>。
この年の6月の渡道は天候に恵まれぬ蝦夷梅雨の日々が続いた。夏向けの装備には寒さに震えた覚えが在る。

[Data] NikonF4s+AiNikkorED300mm/F2.8S 1/60sec@f4+1/2 Fuji LBA4 filter Ektachrome Professional E100VS [ISO160 / 0.5EV push] Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

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コメント

活源

こんばんは。
1987年夏の渡道では北見郊外の知人宅に2ヶ月近く居候して現地人と化していましたが、コアップガラナはまるで記憶にありません。代わりに印象に残っているのは味よりもネーミングで活源です。
街中の北斗星も雰囲気がありますね。どんよりした天気も好みです。中央西線で応用させていただきたい構図です。

  • 2014/04/14(月) 20:37:12 |
  • URL |
  • 影鉄です。 #-
  • [ 編集 ]

Re: 活源

こんばんは。
雪印のカツゲンですね。勿論、承知致しております。
ガラナと並ぶ二大道民飲料でありましょう。これは大分に古くからカタカナのカツゲンでして、
活源は、どういう訳か近年に首都圏でも発売された際の名称だったような。
でも、最近は見かけませんから再び北海道限定に戻ったのでしょう。

この一時間後、<北斗星5号>の時間には防風に横殴りの降雨となってしまい、
雹まで落ちて来る最中を駅まで逃げ帰ったものでした。

  • 2014/04/16(水) 03:37:10 |
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  • Wonder+Graphics #-
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