"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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塩狩 (宗谷本線) 1986

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宗谷本線の塩狩峠越えの区間にR195という急曲線が存在する。塩狩の手前1キロ程、サミットに至る直前の旭川起点27K230M付近に、その曲線標は建植されている。
僅かな延長ではなく、300メートル程の曲線長を持つから大きな曲線である。
R195というのは、軽便線として建設された常紋越え区間にも介在しない、本線としては異例の曲線と考えて良い。

蘭留からの宗谷線は、蘭留山の裾野を回りながら緩やかな斜面に取り付き、等高線を浅い角度で交わしつつ高度を上げて行く。やがて前方に張り出す尾根を避けるべく、浅い谷を築堤で渡るところにこの曲線は挿入されている。
それは築堤の延長を最小とした設計により生じたものと見て取れる。

明治の鉄道技術者達は、それが将来永く運転を阻害することを十分に承知していたと思われる。その上においても、当時の土木技術による土工量を最小に抑えて、鉄道の促成が要求されていたのだろう。
この官設鉄道の名寄までの全通は1903年9月と記録されている。
ところが、その翌年に勃発した日露戦争の戦勝により南樺太が領土となり、この鉄道は樺太連絡線として稚内への延伸が急がれることとなった。開拓鉄道が国策上の最重要幹線へと変貌したのである。
これは、鉄道技術者達も想定外ではなかったか。最重要幹線に残されたR195である。


写真は、雪晴れのR195曲線を下る302列車<宗谷>。
DD51はこの曲線に時速40キロ制限を受け、14系客車もフランジを擦りながらゆっくりと通過して行った。
現代の261系特急気動車でも徐行を要する、100年後に残る隘路である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/F2.8ED 1/250sec@f16 Fuji SC56filter Tri-X(ISO320)
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