"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

厚岸 (根室本線) 1972

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同一地点での撮影を繰返すのは昔からのことらしく、この1972年の夏も前年の行程をなぞるような旅をしている。以降、根室本線の釧路以東区間となれば幾度となくここへ降りたけれど、1984年2月改正で貨物列車が消え、1985年3月改正にて441・442列車の機関車列車が無くなり、1986年11月改正を以て優等列車のキハ56/27が単行運転の快速列車に置替えられれば撮る気の失せてしまい、この区間へは足の向かなくなって久しい。
以来四半世紀の厚岸の変遷をWebに拾って往くと、ここにも及んだ地域中心都市への人口移動から、旧市街地後背の段丘上の原野に住宅地が切り開かれて市街地の外縁拡大を知る。となれば釧路との間の鉄道利用者の増えそうなものだが、ここに限らず自動車交通を前提とした住民の生活様式は都市構造に面的広がりを与えて、停車場間を線状に連絡する鉄道には既に出番はないのである。
列車単位の縮小と運転回数の減少に、厚岸停車場の設備も随分と小さくなったのが見て取れる。ここでも遊休用地が他に転用されるではないから、かつての構内は空間のひろがるばかりである。ここでの列車行き違いの減って、1998年度末に上り本線外側に乗降場を増設し、これを本屋と平面連絡としたのは良いのだが、その仮乗降場然とした様相は些か悲しい。かつてそこには上り1番線(浜厚岸本線)が通り、貨物積卸場も存在した関係で本屋は乗降場レヴェルに在るのだから、本屋側を土工し本線を移設できなかったものかと残念に思う。
駅前広場も整備された様子が伺えるけれど、商店の撤去されてここでも空間が目立つ。氏家待合所が空き地の片隅でブレハブのような建物で営業するのは、そこが最早事業の拠点ではないからだろう。

糸魚沢方の丘で撮り終えてヒッチハイクに成功、トラックの荷台に駅まで乗せてもらえば、先ほど撮った470列車が停車している。ここでは1時間半ほど停まるダイヤであった。切り離された機関車は構内掛をデッキに乗せて構内側線の貨車数両を拾うと浜厚岸へと推進して往く。しばらくして積車を引き出して来れば、それを470の前位に連結して発車を待つのである。浜厚岸と云う貨物駅の存在は、前年の訪問で承知していた。運転扱い上は厚岸の構内とされて、この間は入換え運転になる。
写真は、厚岸湾を背景に出発して往く470列車。デフレクタのJNRマーキングならC5833とは周知のとおり。
昨夏に霧に沈んだ厚岸への再訪は晴天に恵まれた。

あまり記録されていないので付記すれば、厚岸の駅本屋は1965年にRCコンクリート建築に建替えられたが、1972年に火災に遭っている。現行本屋は焼け残った構造を活かして外壁・内装を復旧したものである。

[Data] NikonFphotomicFTN+AutoNikkor5cm/F1.8 1/500sec@f4 Y48filter NeopanSSS Edit by PhtoshopLR5 on Mac.
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