"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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標茶 (釧網本線) 1982

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標茶町字多和の京都大学北海道研究林官舎に隣接した線路端に一つの木柱碑が建てられていた。標茶停車場の磯分内方、東釧路起点47キロ付近の線路用地である。
それには「国鉄機関士山下利夫殉職之地」とあり、1945年7月15日午前7時頃、この地点で米軍機により攻撃を受けた上り列車に乗務し、殉職した北見機関区斜里支区所属 山下利夫機関士(当時に26歳)の霊を慰めるものであった。(*1)

太平洋戦争末期の7月14日と15日には道内各地への空襲が集中的に行われた。三陸沖を南下しつつあった米国海軍第38任務部隊として作戦行動中の第一機動艦隊第一航空戦隊の5隻の空母から飛び立った艦載機による攻撃であった。その本来の攻撃目標は北海道内全ての飛行場にあったのだが、両日とも悪天候にて大半が視認の出来ぬため、臨機に市街地や工場、港湾、鉄道、電波施設、灯台など攻撃機から眼についた施設が目標とされた。民間輸送船である青函連絡船が壊滅的に被災したのも、この両日のことである。
標茶町市街地を襲ったのは、空母レキシントンを北緯40度50分/東経144度58分の位置から午前3時30分に発艦した第94飛行隊戦闘爆撃機分隊の16機であった。12機が250ポンド爆弾1発と5インチロケット弾4発を積んだ攻撃機であり、3機の護衛機と1機の写真撮影機を随伴していた。美幌飛行場の破壊を第一の任務としていたのだが、厚岸湾上空から内陸に進入したところ、屈斜路湖付近にて対空砲火に備えた回避行動を取る内に厚い雲に地上を見失ったため、南転して第二攻撃目標であった標茶北方の工場を爆撃した後に市街地に向かい、道路、橋、駅、列車、倉庫、無線施設などに無差別にロケット弾および機銃掃射を行ったものであった。市街地に軍事施設のないことは米軍も承知していたと思われ、明らかに駄賃的な民間人攻撃である。偵察に軍需工場と目されて爆撃目標となった工場も、実際には製粉工場(*2)であった。
この日の第94飛行隊の報告書によれば、山下機関士の乗務した(と思われる)機関車にはロケット弾2発が命中、爆発して全壊と在るが、実際には列車至近への着弾にて機関車が脱線転覆したところへの機銃掃射によりボイラから高温蒸気が吹き出し、それをマーカーにされてもう1発が命中した模様である(*3)。山下機関士は全身に熱傷を負い乍らも自力で這い出し、多和の陸軍医務所に搬送されるも同日深夜に亡くなった。

標茶町が空襲を受けたのは後にも先にもこの一度きりであり、山下機関士は出征軍人を別にすればここで唯一の公務中民間人の戦争犠牲者であった。それゆえ、なおさらに関係者や人々の記憶に残り、アジア太平洋戦争終結翌年と云う早い時期に慰霊の墓標の建てられたものであろう。以来毎年の旧盆には、標茶機関区員など国鉄関係者が親族を招待し供養が行われたと云う。
標茶町の資料には、この木柱碑の建立を1974年7月15日としているが、おそらくはこの29年目の供養に建替えられたものと思われる。歳月を経て標茶の運転区所も無くなり、残念乍ら木柱は撤去されてしまっている。
.............................................................................................................
(*1) この列車攻撃では乗客の朝鮮人1名の死亡も記録されるが、現在までその氏名は明らかになっていない。
(*2) 亜麻工場との記述もある。
(*3) 第94飛行隊の報告書には破壊に至らなかったもう1台の機関車攻撃が記載されるが、これに日本側の記録は無い。

=参考文献=
北海道の鉄道碑めぐり : 太田幸夫 (鉄道ピクトリアル 通巻541号所載)
北海道空襲 一九四五年七月十四・十五日の記録 : 菊地慶一(北海道新聞社 1995)
標茶町史 通史編第二巻 : 標茶町史編纂委員会編 (標茶町 2002)
米軍の攻撃詳細は、無署名によるWebsite「連合国海軍による日本本土攻撃 」を参照させていただいた。

標茶駅の夏空に浮かぶ旅客上屋。70年前のそこにはグラマン攻撃機の機影があった。
戦前の治安維持法に匹敵する特定秘密保護法制定、道徳の教科化など教育への国家関与強化、独善的外交政策等、戦争へと走った1930年代に酷似する。好戦国家へと進む極右安倍政権の策動は阻止せねばなるまい。
山下機関士の、そしてひとりの半島出身者の冥福を祈る。

[Data] NikonF3P+AiNikkor28mm/F2.8S 1/250sec@f8 Fuji SC56filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

こんにちは

このお話は私も知っています
菊池慶一先生の「紅の海」を手元にいつも置いており、菊池先生とは一度だけ手紙の往復にてお話をしました
網走空襲の碑における慰霊祭も、遺族の高齢化によっていまは有志によるものになり・・・・
そうでしたか、山下機関士さんの墓標ももうなくなってしまったのですね
山下さんの戒名は「空報国員利生全機居士位」、菊池先生は、はっきりと、空襲犠牲者を表した戒名だと思うとおっしゃっていました
亡くなられた朝鮮の方は、この機関車が受けた爆弾以外にもグラマンからの85の弾痕のいづれかで貫通され即死だったそうですね

どうして今の政権をとめられないんでしょう
庶民にとっての戦争はなんだったかを正しく伝えるものがどんどん失われどんどん信頼性が薄れていくことが本当に悲しいです




  • 2014/02/14(金) 08:51:08 |
  • URL |
  • Jam #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは。
戒名までは知りませんでした。空報国員利生全機居士位。なるほど。
戦争だけは、何が在っても繰返してはなりません。
そう教えられて来たはずなのに、国粋主義者の元軍人が都知事選で60万票とは薄ら寒いものを感じます。
そこには負けず劣らずの右翼政治家安倍晋三による政権のキャッチコピィ「日本を取り戻す」の頭には、
「戦前の」が隠されているのにも同じ思いです。
最近の若い世代に共通する「直感の正義」には、どこか道徳を貶めた全体主義の匂いがします。
70年安保に危機感を抱いた保守勢力が教育への干渉を強めた結果でしょうか。
それは、教育長の独立性の揺らぐ昨今に、また国家に絡めとられようとしています。

  • 2014/02/15(土) 02:23:26 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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