"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

幌延 (宗谷本線) 1985

horonobe_02-Edit.jpg

以前の記事、南稚内 (宗谷本線) 1970 で触れた、1911年5月17日の「明治44年稚内大火」は、15日から増幌原野や更喜苫内原野方面に出火していた大規模な林野火災が、春先の乾燥に加えて、この時期特有の「ヒカタ風」と呼ばれた南西からの強風にて延焼し市街地を舐め尽くしたものであった。
内地の積雪地と異なり、北海道でのそれの融解は晴天の続く春先の乾燥に蒸発するように進む。消雪後の泥炭の原野は地表の湿潤を失って葦の枯れ草だけが残され、一度失火があればたちまちに延焼するのである。この時期での小規模な林野火災は、それこそ年中行事の如くに生じていた様子なのだが、この年は全道的に1896年以来の少雨が続いたせいか、渡島半島部から宗谷方面に至って相次いだ山林・林野火災が当時の新聞記事に見える。それはまるで北海道西部全体が炎上していた如き様相を伝えて、宗谷地域では稚内大火と前後して、枝幸から目梨泊に至る火災に初山別村の大火も報道されている。ここでは、1913年にも稚内・猿払・豊富・枝幸に報告が在り、1924年には稚内・沼川・樺岡での出火も記録される。
なお、稚内はこの後も1928年、1930年と続けて市街地に端を発する火災にも見舞われている。

幌延村域においても、1920年代後半に大火が続き、1926年6月7日にタンタシヤモナイ(現在の雄興地区)で2995haに及んだ林野火災、その二日後の9日にヌプカナイ(現在の問寒別地区)での665ha、1927年6月23日に上トイカンベツ(現在の上問寒)で900ha、1929年6月1日にオヌプナイ(現在の雄興地区)で1946haを焼いたと記録される。
10年を下った1940年にもトイカンベツにて900haを焼失する火災が在り、1946年6月半ばには豊富、安牛、オヌプナイ、エコロベツの各所で山林火災が同時多発的に発生した。

この1946年火災については、当時の幌延保線区の職員が残した記述がある。
それによると、数日来に燻っていた山林火災は6月18日午前9時に至り、折からの風速20メートルを越す南風に煽られて幌延市街地から500メートル程の疎林帯に飛び火し、全保線区員は勿論のこと消防団に市民らも駆けつけるも、10時30分頃には遂に樹齢20年程まで生育していた鉄道防雪林に延焼、火勢は線路南側を焼きながら12時過ぎには烈風に線路を越えて北側の防雪林へと燃え広がり、そこを流れるペンケウブシ川にポンプを入れての放水も空しく、遂には迎え火での消火を決断したと在る。
迎え火とは、延焼の進行方向前面に小規模な防火帯を造り、そこから火勢に向けて敢えて火を放ち、事前に燃焼物を焼失させてしまって延焼を食い止める消火方法である。防雪林の焼失を前提とするから苦渋の決断に違いないが、市街地南端に迫る火勢にはそれどころでは無かったことだろう。これは功を奏して、原野20町歩(=約19.8ha)、鉄道林3町歩(=約3ha)を焼いて16時30分頃に下火となったと云う。
記述から旭川起点198キロから199キロ付近に所在の防雪林と思われ、ここには再び育成されたそれを現在に見ることが出来る。

写真は、その防雪林をくぐり抜けて幌延場内に進入する321列車。前年2月の改正で旅客車はオハフ51の1両に置替られていた。
秋の始まりの北緯45度。低い太陽の強烈な西日が長い影を落とすけれど、原野の風はもう冷たい。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f8 Fuji SC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR5 on Mac.

関連記事

コメント

幌延

いつもながら丹念に調査された地域史・鉄道史に感嘆させられます。
大火といえば市街地のもののような先入観がありますが、
北海道の茫漠たる大地も常に大火に晒された歴史があるのですね。

幌延、何度か下車したと思いますが、ほとんど記憶に残っていません。
高いヤード照明塔が、ここもまた要衝である事を伝えますね。
Wonder+Graphicsさんの事ですから雪の夜間撮影なんぞもあるのではないでしょうか。

  • 2014/03/27(木) 21:59:05 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 幌延

恐れ入ります。
このあたりは、20年程前に国会図書館へ通っての資料です。
町村史の類いやマイクロフィルム化された新聞を手繰って往くと、この当時には本当に林野火災の多かったことが知れます。
そして、そのほとんどが失火によるものです。

幌延は羽幌線からの中継地とするばかりで、ここでまともには撮っていないのです。
ただ、73年頃でしたか、蒸機の健在な頃です。
酷い吹雪の日にここから321列車に乗って、とても恐ろしい想いをしたことが忘れられません。
そのことは、何れ書くつもりです。

  • 2014/03/28(金) 01:49:42 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/562-2c96b0ab
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad