"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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厚賀 (日高本線) 1980

atsuga_03-Edit.jpg

日高本線の車窓が静内を境に一変するのは、その沿革の相違からである。
苫小牧-佐瑠太(現富川)間は、1909年に鵡川まで、1911年に佐瑠太までを延伸した王子製紙の運材軌道の改修により1913年10月1日に開業の苫小牧軽便鉄道、佐瑠太-静内間は1926年12月7日に全通した日高拓殖鉄道の共に762ミリ軌間の軽便鉄道を出自としている。対して、これらを1927年8月1日付にて鉄道省が買収、1931年までに改軌の上で、その延長線として1933年から1937年に建設したのが静内以遠様似までの区間である。
苫小牧から水平線を眺めた車窓が、静内を過ぎて内陸に向かい小さな峠越えを繰返すのは、それによる。鉄道省は線路規格こそ国有鉄道簡易線建設規程に準拠したとは云え、海沿いの断崖を避けた線形を取り、民間資本により投資を最小限とし速成を意図した区間は、その後に永く浪害に悩まされることになった。

特に海岸段丘が直接に海岸線に接する浸蝕性地形の続く清畠から節婦の区間にそれは激しい。軽便鉄道当時から築堤崩壊などの続いたこの区間に対し、国有化後の鉄道省は護岸構築の防護策を講じるものの、護岸基礎の波浪による洗掘からの倒壊も続き、1950年代の厚賀漁港の築造が浸蝕に拍車をかける結果となっていた。このため、後背地に余裕の在った清畠-厚賀間では、1960年に苫小牧起点62キロ付近からの約3キロ区間で最大220メートルの内陸移設を行い同年12月25日に使用を開始している。けれど、浸蝕性段丘直下の区間ではそれもままならず、強固な護岸にて凌いでいる現況ではある。
加えて、そこは陸側の断崖にも注意を要して防災上の問題が大きい区間でもある。1979年7月6日には60km/hにて進行中の下り急行<えりも3号>が、厚賀-大狩部間にて線路上の落石に追突して脱線、乗客に14名の負傷者を生ずる事故の記録も在る。

反面、海岸線の線路は日高山系からの流れの河口を長大橋にて渡り、さながら海上を往くような景観を見せてもくれる。厚別川、新冠川、静内川などへの架橋である。中でも陸側からの視点の取れる厚別川橋梁は定番であろう。
定番の位置での定番のカットをご容赦いただきたい。これは、撮らされてしまう画角なのである。
列車は839D、様似行き。

[Data] NikonF3HP+AiNikkorED180mm/f2.8S 1/500sec@f5.6 O56 filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.

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コメント

定番と奇想と

つねにこれには悩んでおります。正解もないのかも。
「撮らされてしまう画角」とは言いえて妙ですね。いかにもな画角に抵抗感を覚えつつ、正と奇、いずれを取るか・・・。
ただ、海面ギラリのシルエットはタイミングがありますので・・・。

  • 2013/12/06(金) 10:40:38 |
  • URL |
  • マイオ #pcU4xDNY
  • [ 編集 ]

Re: 定番と奇想と

いつも、ありがとう御座います。
これは、そうとしか云い様がないのです。
ありきたり、と思いつつも撮らずにはいられない訳ですし。
でも、それでだけでは悔しい(?)ので、ここでは敢えて陽の高い時間帯を選んで、
赤フィルタにて疑似夜景を作っています。
原版は、もっとアンダに落ちているのですが、そこはディジタルで周囲を持ち上げたりしています。

  • 2013/12/06(金) 22:45:43 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

厚賀~大狩部

いや、記憶も新しい場所なので大変興味深く読ませていただきました。
静内を境にする線形変化はそんな背景から来るのですね。
しかし厚賀~大狩部など国鉄型の20m車でさえ危うい感じがするのに、
「軽便鉄道」のささやかな車両が行く風景がどんなものだったのか、想像もつきませんね。
写真の厚賀の鉄橋、多くの橋脚が海中に没しているように見えるのが新鮮です。
満潮時なのでしょうか。
これだけ長大な鉄橋が水面ギリギリに架かるというのも奇特な眺めで、
そういう意味でも指折りの鉄道風景ではと思えます。

目の毒です。この間行ったばかりなのにまた行きたくなってしまいます。

  • 2013/12/07(土) 22:20:26 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 厚賀~大狩部

大狩部方で浸蝕段丘直下に取り付くために、河口への架橋が選ばれたのでしょうね。
溢水域も大きく、必然的に長大橋梁となりますが、段丘へと上る勾配との比較の結果かと。
このような線形は例の無い訳ではありませんが、それを適度な間隔を保って陸側から撮れるのは稀少です。
この日高地方の海岸線は、それが北西から南東方向なのが災いして全国的にも漂砂移動の激しい沿岸として知られています。
これが海岸に漁港などを築造した場合の、その西側での浪害の遠因ともなっているのですが、近年に厚賀漁港の東防波堤が延伸された結果、厚別川河口では左岸側海岸線から砂州が形成されるに至り、それにより橋脚下の堆砂の進んでいるのがWeb上などの写真に見て取れます。現況では、満潮時にも完全には海中に没しないのかも知れません。

  • 2013/12/08(日) 11:01:19 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
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