"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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抜海-南稚内 (宗谷本線) 1970

267-03-Edit_2.jpg

宗谷本線の旭川起点251キロ地点は、列車を南稚内に降りて6キロ近くをひたすら歩く位置だった。線路歩きは歩き難いことこの上無く、1時間半から2時間近くの行程となっていた。現地に下を走る道道までの比高30メートル余りに保線用通路を認め、西浜集落の坂の下までの宗谷バス運行を知れば、歩きが2キロばかりで済んだものの、肝心のバス運行が一日に数本とあってはあまり利用の機会はなかった。
現地に達すれば達したで、ポジションの確保に身の丈ほどの熊笹との格闘を強いられる難儀な場所でもあったが、何よりもここまでを歩く動機の利尻の島影を気に掛けざるを得ないのだった。それは、南稚内近くからでも適当な丘陵を目指して上れば、大火で森林の失われて露となった周氷期地形を縫う線路と共に画角に収められたけれど、島と認識するにはここまで歩く他に無い。

稚内に着いて遠望が効かないと判断すれば最初から歩かないから、ここではいつもそれを見ていた。けれど、島影は認めても鮮明に捉えたことは数える程にも無かった。
特に、この地点で列車編成と画角に切るには、やや稚内方に戻った位置からの下り列車に限られるゆえ、幾度か早朝に下る<利尻>に南稚内の呑み屋で時間を潰して午前3時前から行動したものの、満足の往くカットを得られないままに機関車列車は消え失せた。
例え降雪であっても、宿をとっていない以上朝の晴天を願って厳寒の線路をひとり歩いたのだが、随分と後になってWeb上に同様の経験の記事をみつけて、御同輩は居たのだと感慨した。鉄道屋の考えることは皆同じである。

最近になって、ようやく植生の回復している様子ながら、「利尻富士」の標柱の建植された場所は70年代の始めに初見した時に既に地面の広く露出していた。ほか数カ所の裸地を不思議に思っていたのだが、おそらくは、且つてここに中間線路班詰所が、少なくともその用具収納小屋なり材料置場は存在したのではなかろうか。勇知-抜海-南稚内の長い停車場間距離からも、ここにそれの置かれておかしくは無い。その上で1947年に米軍が撮影した空中写真を眺めれば、確かに建物らしきものが見える。
この当時に機関士に聞いた話では、抜海を早発してここに停まって休憩したことも多々あったらしい。それは、機関士仲間に伝わる、かつて停車位置だった名残とは考え過ぎか。

利尻の島影を見る列車は1391列車。始発の音威子府を5時に出て途中14駅で貨物を扱い、稚内到着は12時過ぎになる。
北の沿岸の透明な夏。40余年前、ここへの初訪問に見た景観である。

[Data] NikonF PhotomicFTN+P-AutoNikkor50mm/F2 1/125sec@f5.6 UV filter  Kodak unknown film(ISO100)  Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

先達の風景

こんばんは。

此処ほど多くの撮り鉄を魅了し、またその長いアプローチから来る様々なエピソードを残した場所もないでしょうね。
呑み屋で時間を潰してほろ酔い加減で深夜の線路を歩くというのも、
良い悪いはともかく一度やってみたかったですね。

利尻が気まぐれなのも遠い昔から同じだったようで。
付近には通称「ニコニコ旅館」としてビバーグに役立ったという保線小屋があったという話も聞きますが。

いずれにしても車両は変われど風景がほとんど変化しない場所も珍しくなっている訳で、先達と同じ風景と対峙できるのは嬉しくもあります。

つい昨日撮ったような、鮮やかで瑞々しい発色の一枚ですね。

  • 2014/01/03(金) 20:02:00 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 先達の風景

こんにちは。

起点252.5キロ付近に保線小屋はありました。そこを通りかかって職員に「休んでゆけ」と声をかけられ、お茶を馳走になったこともあります。
そこが、早朝の<利尻>撮影の基点に利用されていたことは、後にWebの記事で知りましたが、自分が撮っていた当時に記憶は無いのです。おそらく現地に着いての薮漕ぎにラッセルにと、そればかり考えていたせいだと思います。苦労した割には見返りのなかったのが心残りではあるものの、楽しかったのも確かですね。
もう、未明に歩く必要も無くなったので、いつか261系<宗谷>で再挑戦したいものです。

この原版は現像直後より冷蔵保存していたものです。それが正解とは今になって知ることですが、多少のカラーバランスの崩れの見られても、カビの発生も褪色も無く良好な状態を保っています。

  • 2014/01/04(土) 14:37:23 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

遅まきながら

本年もよろしくお願いします。
ただ歩くしかなかったこの場所、
おそらく現在もまったく往時と
変わっていないのでしょう。
もっとも線路内立入禁止の札が
あるとかないとか・・・。
昨年の久々の渡道では行けなかった
この地の再訪の望みが次への活力に
なりそうです。

  • 2014/01/07(火) 14:14:13 |
  • URL |
  • マイオ #pcU4xDNY
  • [ 編集 ]

こちらこそ、本年も宜しくお願いします。

当時も今も、鉄道営業法第37条により線路用地に「妄ニ立入リタル者」は「科料ニ処」せられます。
とは云え、ここには線路しか通じていませんから、私なぞは今でもひたすら歩くことになるでしょう。
犬走りの整備の放棄される昨今なら、なおさら歩き難いはずです。
立入り禁止札は昔から農道との交差箇所なんかに建てられていて、念仏みたいなそれは、いざと云う時の鉄道側の免罪符だったと思います。
なにせ、歩いていると線路班の軌道自転車に拾ってもらえたりした時代でしたから。

  • 2014/01/07(火) 22:19:17 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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