"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

宝来町 (函館市交通局・東雲線) 1976

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函館山の麓を半周するような本線の函館ドック前-十字街間と宝来・谷地頭線の計3キロ余りの区間は、路線と直交する坂道が幾つも通じていて、市内電車の撮影には良い足場ではあった。
函館港を望み、観光の核心地域に所在の基坂や八幡坂が定番ではあるけれど、それを外れたドック寄りの幸坂あたりも好ましい坂道と覚えている。但し、道幅からは電車を捉えるのは一瞬に限られた。
電車道そのものが青柳町電停を頂点に急坂を越えていた宝来・谷地頭線に入ると、坂道は古くからの住宅街に伸びていて点在する趣の在る建物と共に好ましい景観を見せてくれる。中には、今で云うところのカフェに転用された建物もあり、そこでの一休みも市内電車撮影の楽しみであったのだ。
ここでのポイントは、坂の名は失念したけれど宝来町の電停から、老舗すき焼き店「阿佐利」の角を上がる坂道であった。ここからなら、宝来町で接続する東雲線を見通せたからである。坂上からだと、基本的に電車の側面を見るしかないのだが、ここならば正面気味にも撮れて何度か立ったものだった。
1992年3月一杯での廃止から既に20年を経過して、函館市民の記憶には風化の進んだものかも知れないが、松風町で湯の川線・大森線に繋がる1.6キロの路線が存在していたのである。沿線には住宅地とも業務地区とも云えない平凡な街並の続くばかり区間と記憶している。五稜郭駅前への路線の健在な頃でも、そこからガス会社、五稜郭公園前、松風町を経由して宝来町からドック前までを往復する系統のみが走り、廃止前時点では駒場車庫から末広町で折返す系統が都市内交通にはあり得ない程の永い時隔で運行されるだけとなっていた。その頃には需要の完全に消失した路線だったのだろう。
この撮影当時には、1系統のみとは云え15分間隔程度に運行されていたから撮影チャンスは少なくはなかった。寒い一日で自動車の通行でも路面は露出しない。

実は最近に、この坂道を再訪しているのだが、30年を経過してここに写る建物の多くが健在なことに驚かされた。
函館の旧市街地とは、そんな地域なのだろう。羨ましくも思う。

[Data] NikonF2A+AiNikkor105mm/f2.5 1/250sec@f4 Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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