"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

千歳 (千歳線) 1985

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千歳線と室蘭本線を馬追丘陵を越えて短絡する石勝線の千歳空港-追分間は、建設線名を追分線として建設された区間である。
鉄道敷設法(1922年4月1日法律第37号)別表第137項の「石狩國白石ヨリ膽振國廣島ヲ經テ追分ニ至ル鐵道及廣島ヨリ分岐シテ苫小牧ニ至ル鐵道」の規定を根拠に、1957年4月3日の鉄道建設審議会第20回総会における石狩・十勝間連絡鉄道建設の答申にて、その一部の北広島-追分間広分線として調査線となり、1959年11月9日の第25回総会の決定を以て工事線に編入されている(*1)。
以降には、工事線の総称にも用いられた石勝線の構成区間として一体に扱われて、1981年10月1日の開業に至るが、勿論予定線としての法定化時にそれの意識されたでは無い。その条文どおりに室蘭本線の苫小牧に追分を札幌に短絡するもので、前者は北海道鉄道(2代)の札幌線苗穂-沼ノ端間として1926年8月21日に実現した。追分への路線は長沼地域の開発を意図してのことだろうが、予定線とされてまもなくに鉄道省北海道建設事務所の実施した調査にて、北広島から千歳川流域長都原野一帯の低湿地の横断が鉄道建設に不適とされていた。上記北海道鉄道も夕張方面と札幌との自社札幌線を介した短絡を目論み、1922年に免許を得ていたが、それは千歳にて分岐する計画であった(*2)。
この当時から国有鉄道内部では、この路線の建設に際しての起点は追分に近く、自然な線形にて夕張線からの直進経路が採れ、経過地の地質も良い千歳が共通認識であったと思われる(*3)。
けれど、法改正を要するゆえ法定線としては北広島-追分間が残り、将来の幹線鉄道に対して広島村(当時)が調査線昇格が明らかとなりつつ在った頃より北広島分岐を主張する根拠となっていた。ここが札幌市の衛星都市として発展するのは後年ことで、この1955年頃には都市圏とは隔絶された農村に過ぎず、幹線の分岐地点化は経済的拠点化を意味した。輸送の基幹が鉄道に在った時代である。
対する千歳町(当時)も千歳分岐の請願活動を展開し、注目すべきは、その請願事由のひとつに空港利用者の利便向上が挙げられていることである。手元にそこまでの資料は無いのだが、1950年代後半の千歳飛行場と云えばプロペラ推進のダグラスDC4やDC6の数往復が飛来していたに過ぎないだろう。専用駅設置までを視野にしたとは思えないが、航空機との連携輸送の萌芽に取れる。市制を視野に入れていた時期ではあるが、自衛隊の基地拡張にともなう人口増であり、ここにも主要産業は存在しなかったのである。
(この項 夕張 (石勝線) 1989 に続く)
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(*1) 追分線ほかの石狩・十勝間連絡線の構成線区とは、鉄道敷設法別表134項の「膽振國鵡川ヨリ石狩國金山ニ至ル鐵道及ペンケオロロツプナイ附近ヨリ分岐シテ石狩國登川ニ至ル鐵道」による金山-紅葉山間、142項の2の「十勝國御影附近ヨリ日高國右左府ヲ經テ膽振國邊富内ニ至ル鐵道」による御影-右左府間である。両線は共に中間の占冠付近を予定経路とし、これらを東西に繋げた北広島-御影間を石狩・十勝間連絡線としていた。調査線名は、石勝線と辺富内線である。調査線昇格の時点で早くも石勝線の名が登場し、既に中間に既設の夕張線の活用も織込まれている。
ペンケオロロツプナイは現むかわ町域穂別付近、右左府(うさっぷ)は日高町のことである。
余談だが、戦前期に鉄道省内では十勝への短絡線を、旧北海道鉄道(2代)が正に金山線として建設した富内線を延長する別表142項の2と想定しており、それは日勝線と呼ばれていた。
実際に1939年より辺富内から着工したが、戦況の悪化にて中止、敗戦にて放棄された。戦後にも1950年代まで日勝線の名は国鉄資料に度々登場する。
(*2) 1922年2月18日免許。1925年3月31日失効。会社は、これを追分線と称していた。
(*3) 鉄道審議会資料が調査線広分線を延長16.5キロとしているのを根拠とする。それは千歳起点の計画距離である。

追分線本来の建設目的であった道都札幌と産炭地夕張との追分を介しての短絡は、十勝連絡の石勝線の一部としての開業後に同線内でここだけの区間運転、千歳-夕張・楓(2004年3月まで)間での普通列車運行に名残を見ることが出来る。1986年3月3日改正までは手稲-札幌-夕張間直通列車も走っていた。
追分からの852Dで到着した気動車は、853Dでの折返まで40分余りを千歳駅2番線(当時)で過ごす。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/60sec@f4 SC40M filter Tri-X(ISO3200) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.

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