"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

白石 (千歳線/函館本線) 1999

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白石 (千歳線/函館本線) 1992 から続く

駅本屋に接した乗降場と島式乗降場の2面3線に中線と西側に貨物積卸線を持っていた白石の構内は、この千歳新線計画にて大きく変貌した。複々線の中心線が駅の前後で一致しないのは、苗穂方での既設線北側に2線の増設が厚別方では南北に1線ずつだったゆえだろう。
先行した南側の東札幌から新札幌(現札幌貨物ターミナル)への連絡線新設にて駅本屋は南側に移設を要し、2011年まで使用された本屋は、1968年のこれの開通に際して建築されたものであった。この時、旧本屋に接していた乗降場は島式に改築の上、南側に将来に函館上り線となる路盤が用意された。また、連絡線にも乗降場が設けられ、これが新本屋に接することになった。
苗穂方での増設線は下り乗降場の副本線と既設函館下り線に接続され、厚別方では副本線側が増設線の函館下り線として厚別へ延長、既設線は千歳下り線に繋がれた。厚別川以西で既設函館上り線の転用となった現新札幌方からの千歳上り線は、ほぼ中線位置に接続、厚別からの増設線である函館上り線は、上記連絡線建設時に準備の路盤に延長され、それぞれは苗穂方の既設線に接続されたのである。
使用の停止された既設の函館上り線路盤は上り乗降場の拡輻用地とされ、それが旧中線よりやや南に移設の千歳上り線に接するよう改められたのだが、時代の下った1992年の千歳線への待避線建設に際して乗降場を削り再び線路が敷かれた。この札幌方面ホームの幅は旧に復し、中線も復活したように見えるのが現況である。
工事がこの構内に及んだのは1970年頃と記憶し、そのメモからも上下方向に食い違って配置の江別・千歳方面ホームに札幌方面ホームとも基本的に位置は変わっていないと推定するのだが、例によって資料に乏しく確証は得られていない。なお、2011年まで使用された跨線橋は1964年に架け替えられたもので、1968年の本屋移転に際してその位置まで延長されていた。

以前にも記述したとおり、厚別方水源地通り踏切の東側には操車場建設が計画されており、東札幌からの連絡線は分岐して抱き込み式本線の上り線を乗越してそこへも接続される予定であったが、1971年までに操車場設置自体が取り止めとなって乗越線も白紙に戻された。この付近にはその用地が永く残されていたのだが、現在では全てが市道の拡輻用地に転用されている。1976年度に跨線橋方式にて竣功した札幌市による水源地通り踏切の立体化も、この時点まで架道橋方式で検討されていたものである。
(この項 新札幌 (千歳線) 2001 に続く- 参考文献はシリーズの最後に記載する)

写真は、場内に進入する8002列車<トワイライトエクスプレス>。既出の画角をご容赦いただきたい。
午後には列車側面に斜光を受けるポイントだったのだが、貨物積卸施設跡地へ1995年に11階建マンションの完成してからはそれに遮られ、曇天とか雨天でないと影が落ちる。

[Data] NikonF5+AT-X300AF Ⅱ 300mm/F2.8S 1/250sec@f4 C-PL filter Ektachrome Professional E100SW [ISO160 / 0.5EV push] Edit by CaptureOne5 on Mac.

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