"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

網走 (石北/釧網本線) 1970

abashiri_03-Edit.jpg

網走まで初めて達したのは1967年のことだった。常紋信号場を夕方に乗って、長い夏の陽もとっぷりと暮れた後である。駅舎は現況に建替えられる以前の木造建築であった。
1番ホームに到着した列車から集札口を駅前に出れば、そこに多くの人々が集合しているのに驚いた覚えが在る。
軒先にシートや新聞紙を広げて談笑しているグループもあれば、シュラフにくるまって早々と横に成っている姿もあった彼らは、横長のキスリングを旅行の運搬具とした道内の放浪型長期旅行者達、所謂カニ族と呼ばれた一群であった。札幌駅でも良く見かけていたし、夜行急行は彼らに占拠されていたようなものだったから珍しい訳ではないけれど、この網走にこれだけ集合しているとは想像していなかったのだ。最果てや離島指向を持っていた彼らにとって知床は必須の場所とは後に知ることで、網走はその行動拠点だったのである。改札前には上り夜行<石北>で移動する一群が、また長い列をつくり、待合室もごった返していた。
父親同士が知り合いであった大学生に同行してもらっての旅では、遠軽に続いてここでもビバークを予定しており、彼らの傍らで一夜を過ごした。
こちらも銀箱に三脚以外は山道具を流用した装備だったから全く違和感は無く、その行動様式も含めて当時の鉄道写真屋はカニ族の亜種だったような気がする。
網走、釧網線へは、この後幾度も訪れたけれど、翌年にも盛夏を選んで以降はそれを外した季節ばかりだったからカニ族と出会うことは無く、1970年代の半ばまでにはその旅行スタイル自体が失われて、駅寝だとか夜行連泊などと云っていたのは鉄道屋だけになっていた。

写真は、出発信号機を越えて釧網本線に進出する5673列車。この北見からの釧路操車場行きは、斜里までが北見機関区のC58の運用で、以遠区間は釧路への帰区を兼ねたDE10に牽かれていた。
機関区支区が所在し、前年に移転した浜網走との間での貨車操車作業や気動車編成の入換に構内照明が設備され、活気に満ちていた構内である。

余談だが、初訪問には市街地郊外だったここに1931年に駅の移転したことなど知らず、翌朝に見た駅前から川を隔てた市街地には小さな街との印象しかなかった。北浜まで乗った釧網線の車窓もオホーツク海の記憶ばかりで、その東側に広がる中心街を見るのは後のことである。

[Data] NikonFphotomicFTN+AutoNikkor50mm/F2 1/15sec@f2 Non filter NeopanSSS Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

確かに

自分はひょっとしてカニ族の亜種か、と実感したのは最初で最後の冬の
北海道でした。車中で話した地元女子高生からリュックの校章を
「なにこれ?」と笑われたのも懐かしい思い出です(汗)。

  • 2013/11/27(水) 09:23:22 |
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  • マイオ #pcU4xDNY
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写真のシズル感

こんにちは。
こちらのお写真も素敵ですね。保存列車や観光列車ではない、現役の蒸気機関車を見たことのない私が、その場にいるかのような緊張を感じます。
ご記載のように、夜、構内を煌々と照らすライトも見ないですね。信号が変わり、明るい駅を背にして、列車が発車していく姿、今のデジカメとは違う撮影の重みがあったのではないでしょうか。
良し悪しは別としまして、今の鉄道はもっとコンパクトで、より軽量です。地方交通においては、よりその傾向が強まるのではないでしょうか。往時の重厚長大の醸し出す雰囲気は、もうなかなか見られないのかもしれません。
私信にて恐縮ですが、もしよろしければ、相互リンクをご検討くださいませんでしょうか。
どうぞ、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

  • 2013/11/27(水) 11:02:24 |
  • URL |
  • 風旅記 #O7xVy9HA
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亜カニ族

校章入りって、マイオさん。
もしかして、山岳部でした?
そんなの珍しいですから、言われますって。
少なくとも、70年代までの鉄道屋の行動様式は、カニ族ですよ。

  • 2013/11/27(水) 19:44:51 |
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  • Wonder+Grarhics #-
  • [ 編集 ]

暗い駅

こんばんは。
鉄道は装置産業ですから、ある程度の規模は必要なはずですが、
旅客鉄道各社は限界までスリム化するつもりでしょうね。
側線を廃するだけ廃して、夜間の本線滞泊は当たり前の有り様です。
入換も無くなれば、構内を照明するまでも有りません。
相互リンク、ありがとうございます。
只今、留守に致しておりますゆえ帰京後に手配させて頂きます。

  • 2013/11/27(水) 20:40:42 |
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  • Wonder+Grarhics #-
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こんにちは

しれとこに住んでいたときに よく国道でバイクの集団とすれ違いました
めいっぱい荷物積んで なんか小さな旗がぱたぱたしてて・・・
オホーツク海沿いのあの道には昔はかなりたくさんの貨車改造のライダーハウスもあり 夏、そういうとこはヒトのいないことがありませんでした
でもそれもほとんどなりましたね
ライダーではなく駅あたりでビバークする旅する若者というのもあまり見かけなかったなあ・・・
バイクの集団は若者ではなく、かなりのお歳の方のそれを見かけることのほうが多くなりました テントでの野営もなんだかおしゃれっぽいです

でも鉄っちゃんの駅寝はまだ見かけるようですね、上白滝駅前のお店の店主さんが、そう言ってました

ところで 雪 ひどくないですか?しらたきは昨日から本気で雪降ってます

  • 2013/11/28(木) 08:46:06 |
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  • Jam #-
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周遊券が無くなり、残された企画乗車券もとても代替にはなりませんから、
鉄道で道内を旅するのは、かなり厳しい昨今です。
夜行連泊も駅寝も、死語に近いでしょうね。
これから、北海道を目指す世代は、どうやって放浪するんでしょ。
てか、んな奴らは、もう居ないか。
散々しておいて何ですが、無人化駅でのビバークは駅寝とは
別物ですね。やぱし。
昼にみぞれ、これから積雪でしょか。

  • 2013/11/28(木) 18:01:33 |
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  • Wonder+Grarhics #-
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自由な旅

「カニ族」は写真でしか知りませんが、1980年頃の北海道はチャリ旅行者全盛だったような気がします。
網走駅前なんかシュラフだらけで凄いのなんの。朝になって皆起きだすとホームレスの炊き出しかと。
まだまだ若さに任せた自由な旅の時代でした。周遊券の旅も。
あれを体験できない最近の若い子は可哀想な気がします。

  • 2013/11/30(土) 12:41:18 |
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  • 風太郎 #ORZvdv76
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均一周遊券

同感です。
貧乏旅行では北海道に来るな、てことですかね。
東京との足は別払いでの「道内フリー」は、
やたらと高くついてかないません。
周遊券一枚で20日間も放浪出来たなんて、
今や、夢のまた夢。

  • 2013/11/30(土) 17:52:50 |
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  • Wonder+Grarhics #-
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