"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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苗穂 (函館本線) 2000

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苗穂 (函館本線/千歳線) 2009 の続きである。

1971年のプレトンウッズ体制の崩壊は日本経済にも影響を及ぼし、続くオイルショックに端を発する産業構造の変化により、苗穂周辺地区でも都市内立地の反動から工場の撤退や縮小が始まり、同年10月1日に札幌市交通局の苗穂線が廃止され、1973年に苗穂駅の専用線を除く貨物扱いも失われると市街地や倉庫街の活気も失われて、1993年にはサッポロビール札幌第一工場跡地を転用した大規模商業施設の開業などがあったものの、折からのバブル経済下でも空き地や駐車場の目立っていたのが80年代以降の苗穂駅周辺であった。

この状況は、札幌市当局には都市としての土地高度利用の観点から好ましいことでは無く、その当時から苗穂駅への北口設置運動を主体に立ち上がっていた鉄道北側地区と南側地区での住民レヴェルの地域再生運動を1998年に札幌市が主導して「まちづくり連絡協議会」としてまとめ、2001年にはこれを母体に「苗穂まちづくり協議会」を発足して地元側の意見集約の組織とした上で、2002年に地域再開発の「まちづくりガイドライン」を策定し住民に提示した。
これに基づいて住民や地権者との話し合いを進める中での、2005年のサッポロビール札幌工場跡地の大規模商業施設転換などを背景に、札幌市は2012年4月27日に至ってガイドラインに準拠して「JR苗穂駅周辺地区地区計画」の都市計画決定を行い、関係地権者組合方式による「北3東11周辺地区再開発事業」が具体化することとなった。そのグランドデザインは苗穂地区のイメージを一新するものである。

この計画にて、苗穂駅は札幌方に300メートル程移転し、現在の東11丁目人道跨線橋付近の橋上駅となる。札幌市の公表した都市計画図によれば、駅を貫通する都市計画道路苗穂駅前広場連絡歩道(幅員7mで計画)の南北には駅前広場も設けられ、南口広場は現在の北海道日立と建材のタイラ敷地、北口は北海道旅客鉄道研修センタと北海道軌道施設工業の敷地の一部を転用することになる。乗降場も勿論この付近に移設となり、北海道旅客鉄道のプレスリリースからは6両編成の停車を前提にしたコンバクトな停車場と読み取れる。2015年度に本体工事に着工、2018年度の供用開始を予定している。
現駅本屋については地元側は保存と活用を要望しているとも聞き、敷地は再開発事業区域外となるものの予断は許されない。重厚な北海道型駅舎がまたも失われる可能性が高い。
(この項 苗穂-白石 (函館本線/千歳線) 1991 に続く- 参考文献はシリーズの最後に記載する)

写真は、苗穂構内に進入した2列車<北斗星2号>と追走する17D<オホーツク7号>。本来3分差の発車時刻に加速の鈍い<北斗星>が少しでも遅れると出現するシーンであった。
苗穂 (函館本線) 1996 のヴァリエイションであるこの画角は、撮影方向が西を向くゆえ午後には季節と時刻で多彩な光線が楽しめた。春分の近いこの時期には、ほぼ正面からレンズの奥深くにまで入射してハレイションを引き起こす。仕方なく遮光板をケラレの位置まで引き下げたのは反則かも知れない。
新駅の乗降場はこのあたりに設けられる。

[Data] NikonF5+AT-X300AF Ⅱ 300mm/F2.8S 1/500sec@f11 Non filter Ektachrome Professional E100SW [ISO160 / 0.5EV push] Edit by CaptureOne5 on Mac.
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