"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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常紋信号場 (石北本線) 1994

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石北本線北見までの貨物列車は、1986年11月1日改正にてそれまでの新旭川-北見間高速貨物の定期2往復(他に臨時1往復)が全廃され、辛うじて改正前の1551と3084を格下げした8557・8556の1往復のみが残された。
勿論、年間を通じて列車としてまとまった需要の喪失したゆえであり、臨貨の存置は農産物中心の季節波動に対応したものであった。この季節輸送力の注目されるのは、海峡線の開業にともなう本州-北海道間直行輸送力の増強と首都圏との到達時分短縮効果による。主要荷主である北見・オホーツク管内の農業共同組合は鉄道輸送のコストに見合う輸送時間を手に入れたのである。日本貨物鉄道もその要求に応えて、1990年7月1日改正における海峡線の輸送力増強を背景に、編成の増強(10車→11車)と北見での荷役時間を改善する8557・8556の時刻繰下げを行い、1996年3月16日改正に至って9559・9558を増発し繁忙期での2往復体制とした。これらには、日本貨物鉄道は石北線上に運転拠点を持たないため、石北峠に常紋越えの補機を全区間での通し運用としてDD51の重連牽引が実現していた。
2002年からは荷主からの増送要請にさらに1往復の追加運行が行われた。これの運行には乗務を委託して来た北海道旅客鉄道に余裕が無く、日本貨物鉄道は急遽養成を行い北見に臨時に駐在して遠軽-北見間に乗務したことも特筆されよう。

常紋区間では蒸機の時代には前補機も見られたのだが、無煙化後には後補機ばかりとなっていたから、ここでのDD51重連は知る限りで臨貨格下げ以降となる。運転期間が夏の終わりから長期に及ぶことも分かって、94年から再び渡道スケジュールに常紋を組み入れていた。毎年、落葉松林の柔らかに色づく情景を選んでのことである。
2往復運行ともなり、DF200の増備にて仕業の減じていたDD51の希少性も加わった2000年前後からは鉄道屋の話題となり始めたけれど、紅葉黄葉の去ったこの時期ともなれば誰にも出会うことは無かった。
2004年の運行からは、遠軽での構内作業の廃止により後補機に戻ってしまえば、それは余りに見慣れた光景ゆえ足は向かなくなっている。なにより、静かに列車を待ちたい身としては近年の常紋は遠慮せざるを得ない。その様相は蒸機末期を遥かに上回る。

列車は、8557列車。
夜行<オホーツク>を未明の留辺蘂に降りて、戻る列車は無いからタクシーを使うのだけれど、それは常紋への入口までとして、朝の冷気の林道歩きも楽しみではあった。

[Data] NikonF4s+AiAFNikkorED180mm/F2.8D 1/125sec@f4+1/2 C-PL filter EktachromePanther100X (PRZ) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.

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コメント

こんにちは

貨物列車が通る時間、10月の毎週末50人いたというのですから・・・・・
おどろきです 
もはや絶対貨物の時間には行きたくないって思ってしまってます(^^;)

  • 2013/10/28(月) 17:46:42 |
  • URL |
  • Jam #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは。

恐ろしいですねー。
そこに加わろうなんて気には到底なれません。
自分の好みの位置に立って、自由に画角が選べない現場では
どーにもこーにも。

  • 2013/10/28(月) 22:29:06 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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