"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

有珠-長和 (室蘭本線) 1997

usu_06-Edit.jpg

有史以前、約11万年前の洞爺火山の巨大噴火により周辺には火砕流堆積台地が形成された。エントモ岬はその数十メートルに及んだ堆積の海食崖と思っていたのだが、国土地理院が1998年の調査を元に作成した火山基本図には、岬そのものが善光寺岩屑なだれによる流山地形とある。この8000年前と云われる有珠成層火山の山体崩壊による岩石・土砂の到達東端がエントモ岬とは聞いていたけれど、成因自体がそれによるものとは知らなかった。

1928年9月10日にここに開通した長輪線(現室蘭本線)は、有珠より流山の丘陵地を避けて南下し海岸砂地に出てエントモ岬の最も海側を隧道で通過する線形が選ばれていた。延長309Mのエントモトンネルである。
幹線の輸送力増強を目的としていた1965年度からの「第三次長期計画」では、現在も単線運転とされる洞爺-稀府間の内、この有珠-長和間のみが線増対象となり、1968年9月5日の複線使用開始と記録されている。
それは、エントモトンネルの山側に新エントモトンネル(364M)を新設するものだったが、山側への線路増設は柴田踏切手前から起点50K278Mまでの間で、それ以外の区間は海側への腹付けであった。既設線海側への隧道掘削が困難であったことにもよるが、併せてトンネル前後に存在する曲線径の緩和を図ったものである。現在、柴田踏切から現下り線山側に見える空間は、旧線の路盤跡であり線路はそこからエントモトンネルに繋がっていたのである。
長和方も含めて新下り線は既設線に比して55メートルの短縮となって、その50K223M地点を前記50K278Mに読替えるブレイキングポイントが設けられている。
また、長和駅近傍の共有横道踏切(50K645M)付近からの曲線に就いてもR600への緩和が施工され、ここは海側へ複線の線路を新設している。ここの旧線路盤も農道に転用されて健在である。

この柴田踏切には幾度も通って、16時16分頃に最良の斜光線の得られるのは10月20日の前後、せいぜい一週間と知る。後は西の低空に雲さえ生じなければ良い。
Ektachrome に完全に移行した97年頃には、函館/室蘭線上の地点はほぼ掌握していたから後は光線を待って一箇所に留まるような撮り方をしていた。発色を留保せねばならないカラー撮影なら尚更だった。
既出の画角なのだが、Ektachrome撮影にご容赦願いたい。

[Data] NikonF4s+AiNikkorED300mm/F2.8S 1/125sec@f4+1/3 C-PL filter Ektachrome Professional E100SW [ISO160 / 0.5EV push] Edit by CaptureOne5 on Mac.

Website "カメラ 万年筆" Updateのお知らせ (2013-08-17)

Reference に、「函館運転所仕業の札幌における<北海><北斗>間の渡り運用」なる記事を追加しました。
この禁断の運用についての、少々マニアックな記述です。
同じく、記事「国鉄の業務委託駅と日本交通観光社」も追加しました。

なお、Reference は、本文の"Monochromeの北海道 1966-1996" など読んでいただく際の参考情報です。
必要の都度、リンクを設定しています。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/479-8eded3f4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。