"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

千松仮乗降場 (羽幌線) 1983

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冬にばかり通ったのが鬼鹿だった。
日本海岸の厳しい季節を撮りに往くのだが、悪天や吹雪にやられ翌シーズンに再訪すれば、また悪天に遭遇の繰り返しで、思ったような「程よい悪天」に巡り合えず毎年通うことになっていた。
鬼鹿の留萠方も幌延方も、海岸線に低いクマザサの段丘の景観が続いて何処からでも撮影は出来たのだけれど、下り方だと「バンビ」が画角の邪魔をしていた。ご記憶の向きも多いと思う。大きな三角屋根に「バンビ」と大書きされた建物である。正体は国道ロードサイドの喫茶店(飲食店)なのだが、市街地からやや離れた元浜に一軒だけが建つものだから、矢鱈と目立っていた。それだけでも画角からは排除したくなるのに、屋根に「バンビ」である。
それを避けるべく歩を進めれば、いつの間にか千松の乗降場に往き着いたものだった。

留萠起点29K590Mの地点に設けられていた千松仮乗降場は、旭川鉄道管理局第二代局長の斉藤治平が設置したものでは無い。その1950年代半ばを離れた1963年6月1日の開設である。鬼鹿から3.5キロ程の距離なのだが、当時に国道232号線は、名ばかりの悪路であったから要求の在ったものと思う。1947年の米軍による空中写真でも千松川の谷と海岸沿いに集落の続いているのが見て取れる。
けれど、まもなくに国道も改修整備されれば顧みられることの無くなったのであろう、除雪もされず人の降り立った痕跡も無い姿を何度か目撃している。それでも、当時ここには上下5本ずつの停車列車が設定されていた。
忘れられた乗降場は何も此処ばかりでなく、天北線の寿だったと記憶するが、手動で開けた扉の目の前が腰までに積んだ雪で一瞬下車に躊躇した覚えが在る。

列車は853D、幌延行き。先頭のキハ21の改造によるキユニ21は、この頃深川機関区に2両のみの稀少車。
留萌本線/羽幌線での荷物車連結順位は、幌延を基準にしていた。深川では函館本線と逆位となるのだけれど、そこでは函館線列車と乗降場を共用しないためである。
列車後方が「バンビ」である。Web上を検索していたら、この建物が2009年時点までは放棄されながらも健在と知れた。
画角右上は周辺光量が不足しているのでは無い。海上に次の吹雪が接近しているのである。既に雪混じりの風が吹き始めている。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor28mm/F2.8S 1/500sec@f5.6 Y48 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

程よい悪天

海岸段丘が張り出したこの沿線はやはりこのアングルですね。
「程よい悪天」、贅沢ですが確かにこれが欲しい土地でもありました。
キユニ21が写った写真も珍しいように思います。
それにしても、あの風と雪のなか、斜面に踏ん張るご苦労をお察しします。

  • 2013/09/15(日) 12:50:29 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 程よい悪天

その通りでして、冬に晴天でも「絵」にはなり難い線区ではありました。
海岸線に併行する道路が目立ってしまいますし。
とは云え、冬の北西風も半端ではありませんでしたから、身を隠す場所の無い斜面で、
三脚の足を抑えながら、座り込んで凌いだものです。

  • 2013/09/15(日) 14:28:12 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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