"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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北舟岡 (室蘭本線) 1988

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意外なことに、噴火湾北岸を通過する室蘭本線が車窓に海面を間近に見るのは、北舟岡付近の僅か2キロばかりに過ぎない。豊浦-洞爺間に連続する隧道の明かり区間もあるけれど一瞬のことで、しかも上り列車だけである。
それゆえ、1994年3月1日改正での列車行違い設備の復活に際して設置の跨線橋が、最近に撮影者を集めているのも分からなくは無い。別に鉄道目当てでなくとも噴火湾の展望が楽しめる。

ご承知のとおり、この復活は2度目のことで、最初の事例は高度成長期に増大する輸送需要に対して、線増までの応急措置的に1963年9月30日付で北舟岡信号場が伊達舟岡信号場跡地に置かれたものであった。
伊達紋別-稀府間6K110Mの線路容量増加に貢献し、室蘭線の多くの区間で線増の進んだ1976年10月1日改正ダイヤでも一日十数回の列車交換が設定されていた。
やはり同時期に再設置された北入江信号場も含む洞爺-稀府間が、線増を阻むような地形や用地取得上の問題の見当たらず、主要な構築物も長流川への架橋程度であるにかかわらず、有珠-長和間を除き「第三次長期計画」による線増計画から見送られたのも、十二分に機能を果たしていたこれら信号場の存在に依るところだろう。
これは、線増の間に合わぬゆえに設置されたものが、その存在自体で当該区間の線増を阻害したとの見方も出来て皮肉ではある。
それも、70年代末期からの減量ダイヤ、特に84年2月の貨物列車の大幅削減以降には一方が予定臨時列車である列車交換の設定されるばかりとなり、同改正でのそれも一日に僅か5回であった。
この現況では、ダイヤ編成上の工夫にて交換個所の変更も可能なことから、国鉄の分割・民営化にともない民間会社へ承継すべき資産とされずに、1986年3月3日改正を以て廃止されたのである。

再度行違い設備の撤去され、80年から開始されたと云う客扱の乗降台が残されたここは、単線の直線区間を高速で走り抜ける列車が魅力であり、待避線の路盤跡空間の「引き」が画角に開放感も与えてくれていた。なにより、護岸に腰掛けて海を眺める列車の待ち時間が快く、何度も降り立ったものだった。
再々度待避線の置かれた現況となってからは海側では撮っていない。
列車は、1列車<北斗星1号>。機関車次位は函館からのスハフ14である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/f1.4S 1/250sec@f8 Kodak No,9 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.

Website "カメラ 万年筆" Updateのお知らせ (2013-08-06)

FC2Blog からの "Monochromeの北海道 1966-1996" の1977年の移植がおわりました。
遅々として進まずで申し訳在りません。写真のレタッチを全てやり直した関係です。
記事も一部に加筆しています。
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