"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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礼文-大岸 (室蘭本線) 2009

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礼文-大岸間の線増は、急峻な地形が海岸線に迫り落石障害や護岸への浪害の在った断崖下の既設線に対して複線の別線にてなされ、1975年10月22日に使用が開始された。現在も単線にて残る区間を除けば、長万部-本輪西間の線増は1965年を初年度とした第三次長期計画によるものであったから、1972年6月着工のここは、それに含まれなかったことになる。この4K090Mが最後まで残されたのは、新設される礼文浜トンネルが、そこの地質から工法等に一層の検討を要したゆえと思われる。
既設線上の岩見トンネル(164M)が保守に手を焼いたように掘削区間の地山は、変朽安山岩と安山岩質角礫凝灰岩が互層を成し、その断層および破砕帯に沿い熱水による変質を受けて粘土鉱物を生じた不安定な地質であり、俗に言う「緩い地山」だったからである。それの完成から25年後の1999年11月28日に発生したコンクリート覆工の剪断剥落事故も、遠因は地山にあるとされている。

複線の新設線は、礼文駅構内上り場内信号機付近から山側に分岐、上記礼文浜トンネル(1236M)と新達古武トンネル(97M)を掘削して起点26K900M付近にて既設線に接続する3.1キロで、新線の上り線が既設単線と結ばれ、接続点から大岸までは下り線を山側に腹付した線増である。カットにも接続点の名残である不自然な曲線が大岸上り方に見える。礼文浜トンネルを4パーミルの片勾配として茶津付近の施工基面高を上げた関係から大岸方に10パーミル勾配を新たに生じたが、これは室蘭本線の最急勾配と同等設計である。
放棄された旧線路盤は永らく残り、茶津トンネルや達古武トンネルは漁具置場に利用されていたのだが、後にこの区間が道道608号大岸礼文停車場線の拡幅整備に転用され、2013年度に着工予定の同線西側区間の整備には岩見トンネルも転用の模様である。(写真に見える元キャンプ場に伸びる轍も旧線跡である)

階段でアプローチ出来るようになった茶津崎には、心境複雑ながら何度か登らせて貰った。88年以降のことである。ここで知るが、公園に整備された上部には砦としての壕が掘られていて、85年に先端に向けての斜面上方から眺めた草原の直線の段差はそれであったか、と納得した。
列車は、8002列車<トワイライトエクスプレス>。
背景の紅葉黄葉時期に合わせたのだが、この時刻には低い西日に岬の影が延びてしまった。

=参考文献・資料=
北海道鉄道百年史 : 国鉄北海道総局 1976-1981
札幌工事局七十年史 : 国鉄札幌工事局 1977
北海道建設新聞 2012年7月20日号

[Data] NikonF5+AT-X300AF PRO 300mm/F2.8D 1/125sec@f4+2/3 Fuji LBA2+SC37 filter Ektachrome Professional E100GX [ISO160 / 0.5EV push] Edit by CaptureOne5 on Mac.
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