"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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礼文-大岸 (室蘭本線) 1985

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古くから云われる「名勝(地)」とは、三省堂大辞林によれば「景色の良い土地」とある。国語辞典的にはそのとおりだろうが、法律上は景観に秀でていても「名勝」とは限らない。
名勝を名乗るには、文化財保護法(1950年5月30日法律第214号)に基づく文化庁の基準に合致し、審議会の答申を経て国なり地方自治体の指定を受けねばならない。その基準とは「我が国のすぐれた国土美として欠くことのできないものであって、その自然的なものにおいては、風致景観の優秀なもの、名所的あるいは学術的価値の高いもの」とされている。
この国指定の名勝に総称を「ピリカノカ」として日本先住民族およびその文化にかかわる景観が指定されているとは知らずにいた。最初の指定は、名寄市のクトゥンヌプリに石狩市所在のピンネタイオルシペで、2009年度のことであった。
2011年2月の第三回目の指定にて、これに豊浦町のカムイチャシが加えられた。その上部が「カムイチャシ史跡公園」として整備されている茶津崎である。

ここが先住民族による砦であったことは、1971年の発掘調査にて判明していたらしいのだが、蘭法華岬の難行で自信を付けた(?)翌年のこと、そのような場所とは知らずに登っていた。
比高は30メートルに満たないものの隧道付近からの直登は困難で脇を流れる水流に沿って根元方向に上がっていた小道からイチイの茂る斜面を辿るしかなく、そこにはクマザサの獣道のごとき通路が上部へ通じていたのだけれど、上部に至ると圧倒的なツル性植物の群落に行く手を遮られてしまう。蘭法華の経験から、その重さも厭わずに持参した薮漕ぎ用の鉈が重宝したのは云うまでもない。
そこはイチイとトドマツと思われる混合林に縁取られたクマザサ交じりのツル植物の斜面が延々と、その先端に向けて続き、ようやくのことで室蘭線のトンネル上まで進んだものだった。目論みは海面を前景にした画角だったのだが、ここで力尽きたと書いておく。

「塘路の崖」塘路 (釧網本線) 1982 もそうなのだが、ここも後に(88年のことである)豊浦町によって前述のとおり公園化され、それこそトンネル脇に階段が付けられ容易に到達できるようになった。この時の難行を思うと些か複雑な心境ではある。
列車は3068列車。青函航送当時の高速貨物列車は、その客載車両渡船の貨車積載能力(ワム車換算48両)からコンテナ車の最大16両組成に制限されていて、海峡線運転の現在よりも短い。この列車は14両所定であった。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/f2.8 ED 500sec@f5.6 Fuji SC48filter Tri-X(IAO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.

[お詫び]
2013年5月23日の記事 "小幌 (室蘭本線) 1994" の記述内容に誤りがありました。
原資料の読み違えによるものです。申し訳ございません。
当該記事は、追記も含めその後の調査事項も踏まえた上にて、ほぼ全面的に書き換えさせていただきました。
ここにお知らせし、お詫び申し上げる次第です。
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