"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

沼ノ端 (千歳線) 2002

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苫小牧市沼ノ端地区の駅北側に向けての住宅地としての拡張は凄まじい。それは北栄町とか拓勇町と名付けられた西部が中心だったのだが、近年には駅近くを南北に通過する国道234号線を越えて東方に進出しつつある。
駅も北口の開設に際して現況のような橋上駅に建替えられ、かつての準急の末裔とはいいながら特急列車が停車とは想像だにしなかったことである。営業フロントの人員配置も遠く無いと思える。
国道234号線のウトナイ湖側での(湿原の)排水工事を認めたのは1970年代に入った頃だった。それを土地造成の開始と捉えれば住宅の進出は遅過ぎる程なのだけれど、ここは当初には工業用地として造成されたものではないかと推定している。産業構造の変化にて工場はコンパクトになったけれど、それの集積がここに人を呼び寄せたと云うことなのだろう。

そのさらに東側、後の国道235号線の自動車専用道路部(日高自動車道)と一般道路部が併用するウトナイ高架橋に繋がる盛土部は78年冬には構築されていたと記憶する。湿原での造成工事の向こうに盛土区間の続くのが車窓にも見えて下車したのである。この時には、盛土の上部には木組みによる何やら見張り台のようなものが建てられており、そこからは線路が遠く見渡せたのだけれど、位置的に画角を取るには苦しくロケハンだけに終わった。
その翌年か、翌々年か、これも記憶が曖昧ながら、線路上部への桁の装架を確認して再訪したのだが、着いたそこには桁の躯体は丸出しだと云うのに背の高いフェンスだけは既に取付けられていて落胆したのを覚えている。
結局のところ、ここで撮るのは同様のフェンスが非電化区間にまで増殖して4段のGITZOと脚立の装備が常態となって以降のことだった。
新製間もないDF200-54に牽かれるのは、3061列車。
画角右の造成地に住宅の建ち並ぶのもそう遠い将来ではないだろう。

[Data] NikonF5+AiAFNikkor85mm/F1.8D 1/250sec@f4 C-Polarizing filter Ektachrome Professional E100GX [ISO160 / 0.5EV push] Edit by CaptureOne5 on Mac.

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