"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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塘路-茅沼 (釧網本線) 1983

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釧網本線は渡道すれば必ず撮っていた。1980年代初頭に至っても混合列車に貨物列車と多くの機関車牽引列車が設定されていたから、外す訳には往かなかったのである。
「塘路の崖」(→塘路 (釧網本線) 1982)の崖下から線路伝いに少し歩くと、右回りのR302曲線の途中あたりから左に丘陵を登る小径が見て取れ、それに分け入ればやがて茅沼方向の視界の開ける位置が在った。比高は20メートルに満たないと思われたが、釧路湿原の北に尽きる3キロ程先までを見渡せた。湿原とされる区域は釧路川やヌマオロ川、コッタロ川沿いにもっと奥まで続くのだけれど、そこはハンノキの樹林化が進んでいて、ここから見える範囲がヨシ原の北端と言ってよかった。空気の澄んだ季節なら、その背景には遥か知床連山までを望める日本離れした景観が広がっていた。

塘路までの釧網本線は、湿原に進出した丘陵の裾野をトレースしながら、それの陥入部にのみ盛土して通過する線形が選ばれている。それに従えば塘路からは現国道391号線と同様にシラルトロ沼東岸を北上して然るべきなのだが、わざわざ西側の湿原に迂回して、ここまでには無い延長規模の盛土を構築している。これは塘路湖とシラルトロ沼を隔てる比高50メートル余りの丘陵への隧道掘削を避けたものとしか思えず、この区間の開通した1927年当時の鉄道建設は、そこまでしても隧道を嫌ったのである。しかしながら、湿原に敷設された線路のその後の保守を考えればランニングコストは高く付いたと云わざるを得まい。
ともあれ、それにて出現した鉄道景観である。近年に運転の釧路からの開放型客車による観光列車が塘路で折返してしまうのは腑に落ちない。ここの2キロばかりの湿原の直中を往く車窓がここでの核心的風景であろうに、クライマックスを見せない映画の予告編みたいなものだ。

列車は混646列車。この頃ともなれば、貨物財源の無いのが常態ではあった。その廃止までひと月程である。
手前に見えているのが釧路川の本流。氷結したシラルトロ沼と雪原と化したヨシ原の区別はつかない。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/F2.8ED 1/250sec@f5.6 FujiSC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

釧路湿原

こんばんは。

いつもながら広大なエリアの中、徒歩で撮影ポイントを発見するご努力には感心いたします。

この区間あたりの湿原は、コッタロ展望台あたりから見ると、
かなり樹林化が進んでいる感じがしますね。

ボーヨーと広大過ぎる風景の上に、日が高くなるとコントラストも付きにくく、
モノクロの方が締まった絵になる感じがします。

  • 2013/10/06(日) 23:00:59 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 釧路湿原

こんばんは。

湿原の宿命として乾燥化は進みますね。
地形図での湿原記号は茅沼の先の方まで続きますが、あの辺りを湿原と思う人はいないでしょう。
すっかり、ハンノキの樹林帯です。それでもハンノキは水辺を好む樹木だったりしますから、
やはり湿原なんでしょうかね。
ここへの踏分道は、おそらく鉄道屋がつけたのだと思います。それ以外には登る必要も無い丘でしたから。
今は手前側の樹木が成長してしまい、見通しが取れなくなっているらしいです。

  • 2013/10/07(月) 00:54:33 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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