"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

黄金 (室蘭本線) 1975

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室蘭本線の黄金から陣屋町を経て本輪西までの区間の複線化に際しては、かつての海岸線をトレースしていた線路を放棄して別線が建設された。この内、内陸に迂回していた黄金-崎守町仮乗降場間は新線の経路選定上から別線の選ばれたものとして良い。もっとも、これにて黄金下り方の左回り曲線がR600に緩和されてはいる。複線運転開始は黄金-陣屋町間が先行して、それは1968年9月19日のことであった。この際、旧線の崎守町仮乗降場は廃止され新線上に正駅として崎守が開設された。
旧線の迂回は海岸線に迫り出した標高60メートル程の丘陵の断崖下の通過を避けた線形で、新旧線ともこれを同名の元室蘭トンネルにて越えている。余談だが、その名のとおりトンネル出口は元室蘭と呼ばれる地区に在り、アイヌ民族により「小径を下る所」の意であるMo-rueraniと命名されたところである。小径の存在したのが、この丘陵なのだろう。このモルエラニが室蘭の原名ゆえに崎守町周辺が元室蘭なのである。

黄金の稀府方は続いて1968年11月15日に複線化され、これは既設線海側への腹付け線増であった。複線区間の中間駅となっても、黄金の上下本線に中線を持つ配線は維持されたのだが、78年10月2日改正を以て中線の使用を停止し岩見沢方のみを本線接続とした保線線に転用された。84年2月改正を待たないこれは、室蘭本線各駅では最初の事例となった。80年5月15日のRC制御の導入により要員も引上げられ、以後無人駅である。

この76年当時でも乗車人員の100人に満たない小駅だったにもかかわらず、ここの木造駅本屋の待合室には鉄道弘済会の売店が開かれていた。それは、無人駅化後の乗車券類の簡易委託販売受諾先ともなって、だいぶ後まで存続していた記憶がある。商店のない駅周辺には、今でこそ国道沿いに2軒のコンヴィニエンスストアが開店しているけれど、そのような業態の無い時代には駅売店がそれに近い役割を担っていたのである。このような事例は全国に幾らでも在った。

写真は、黄金に停車する224列車、岩見沢からの長万部行き。この頃でも室蘭本線の全線を走破する唯一の列車であった。
今黄金跨線橋の架けられる市道は建設途中で、その盛土から駅方向を眺めた。背景は伊達市から豊浦町の海岸線に有珠岳である。この角度だと昭和新山に真狩山は画角外になる。

[Data] NikonF2+Auto-Nikkor50mm/F1.4 1/250sec@f8 Y48 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

噴火湾

こんばんは。

リンクの件、了解いたしました。有難うございます。こちらもリンクさせて頂きます。

今秋あたり渡道を目論んでいます。噴火湾沿いは未踏なのですが、
お写真を拝見するたび気になっています。一番の押しはどのあたりでしょうかねえ。

  • 2013/06/25(火) 00:22:15 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 噴火湾

こんばんは。
ありがとう御座います。

海沿い区間となれば、やはり落部の前後区間に豊浦、北舟岡が定番でしょうか。
近々、Websiteの方で落部周辺でのカットで構成したギャラリーを公開するつもりですので、
ご参考になれば幸いです。

  • 2013/06/25(火) 00:54:17 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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