"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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礼文 (室蘭本線) 1998

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戦後の逼迫する輸送需要に対する国鉄の投資計画は、1961年度を初年度とする第2次5ヵ年計画、それを打切っての65年度からの第3次長期計画ともに「幹線輸送力の増強」が重点項目であり、この室蘭本線も道内各方面からの本州連絡線として投資対象とされた。この時点でも本州線への全貨物列車が運転されていたし、61年10月改正で設定の道内初の特急列車の経由線となるなど、将来的に函館本線からのシフトが想定されたためである。夕張地域からの石炭輸送線として1958年の敷生(現竹浦)-萩野間を最後に本輪西・室蘭-三川の複線化の成っていものの、本輪西以西区間は全てが単線のままであった。
この礼文華山トンネル(2726M)への取付けとなるR603曲線の築堤(鉄道土木用語では盛土)を含む小幌信号場(当時)-礼文間の新設線は既設線海側への腹付け線増とされ、64年3月28日に新礼文華山トンネルから着工して、67年9月29日よりこれを上り線として複線使用が開始された。66年撮影の空中写真には、工事途中の腹付け構築された盛土区間が見える。
同区間は、必然的に新設線も既設線同様の10パーミル勾配であるが、小幌信号場から1.3キロ余りを1.5パーミルで上り、起点18K769M地点で49M90の施工基面高に達した後に10パーミルで下る縦断線形の礼文華山トンネルに対して、新設線の新礼文華山トンネル(2759M)は小幌を最高地点とした連続5パーミルの設計にて上り列車への勾配を緩和している。

写真は、浅き春の淡い夕陽を浴びて築堤を駆け上がる8002列車<トワイライトエクスプレス>。
ここへ立つには配慮が要る。早いもの順の掟とは云え、国道あたりからの俯瞰をねらう撮影者には余りに申し訳ない位置ゆえ、上りの後追いともなれば撮る者もなかろうと判断してのポジショニングである。

余談ではあるが、前記の空中写真には1947年10月31日まで存在した鳥伏信号場の待避線兼加速線跡が僅かながら確認出来る。国道の新道(現国道37号線)建設にて失われたものと思っていたので、それの開通直後の写真に見えることは収穫であった。ならば、現在でも国道下の樹木に覆われた斜面に人為的な土工地形くらいは残っていることだろう。
その国道も切取り/盛土個所にまだ植生がなくて白く見えている。80年代後半くらいまでは、高度の在る位置も含めてこれらも室蘭線の築堤区間を見通すポイントだったのだが、樹木の成長にて叶わなくなった。

[Data] NikonF3P+Ai NikkorED180mm/F2.8S 1/500sec@f5.6+1/3 Fiji SC42 filter PRP Edit by CaptureOne5 on Mac.
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